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2008年12月9日火曜日

オランダの新聞の作り方

 マスメディアは中立でなければならないとよく言われます。当然のことと思います。
 けれども、記者は人間です。つい無意識のうちに、自分の何らかの立場を記事に反映させることがあるのはやむを得ないことと思います。また、記事の素材の取材の段階で、すでに、その記者の関心や興味、また、日ごろからのものの考え方が影響を与えることでしょう。
 ただ、新聞は、読者にとっては、自分で現場に行くことができない、確かめることのできない重要な出来事についてそれを通して読みとるための大切な媒体です。しかも、これが、一気に何百万という数で量産され、全国至るところに配達されていくのですから、それは大変怖いことでもあります。

 読み手のほうが、嘘や怪しい情報を見破る力も大変重要になってきます。オランダでは、そのために、戦時中の新聞記事などを子供たちに読ませ、人々をある思想へと「扇動」するような、いわばプロパガンダといわれる記事はどのように書かれるのか、信頼性のある記事とはどういうものかを、考えさせ、議論させています。

 ジャーナリストの良心として、それでは、どういう情報を発信すべきなのでしょうか。どういう新聞やテレビが、読者にとって役に立つメディアなのでしょうか。


 日本の新聞とオランダの新聞を比べてみます。
 日本の新聞は、時事報道は多いですが、意見・論説などは比較的少ないと思います。また一つの記事の長さも、オランダに比べると大変短いと感じます。

 オランダは、これまで「オランダ通信」でも何度も報告してきたように、いくつかのマイノリティ集団からなる国です。どの集団一つをとっても、多数派を構成することができない国です。大きくいえば、カトリック、プロテスタント、無信教の自由主義者、労働者、その他、ユダヤ教徒、イスラム教徒やヒンズー教徒などの小さな文化・宗教集団、などからなっています。おおむね、それぞれの集団は、独自の新聞・テレビ制作団体、雑誌などを持っていますが、各新聞紙上、テレビ番組の中でも、必ずしも、自分たちの集団の中だけの議論をしているわけではありません。それぞれ、自分たちのメディアのうえで、他の集団の人たちを招いて、対談や議論をして見せ、それをそのまま新聞に収録しテレビで報道しています。たくさんの意見を、読者や視聴者が、選択肢として受け止め、自分自身の立場がどのあたりにあるのかを自分で判断するためです。
 これも、マス・メディアの「中立」を守る一つのやり方ではないか、と思います。

 平日の新聞は、それほど厚くありませんが、土曜日の新聞となると、軽く、週刊誌の2,3冊分の量はありそうなほどの新聞が戸口に届きます。
 
 オランダの主要紙の一つNRCの紙面を見てみましょう。
 平日と同じように時事を集めたメインの紙面が日本の新聞と同じような大きさで14ぺーじ。これは、国内ニュース・国外ニュース・アート・スポーツからなります。これも毎日来ますが、経済面は別冊になっています。
 さて、週末版の付録は、3冊にまとめられたタブロイド版です。「意見と議論」「科学」「土曜日のエトセトラ」です。その内容を、11月22,23日の紙面と、12月6,7日の紙面から見てみます。

  • 「意見と議論」紙面
    11月22,23日の紙面には、次のようなタイトルが並んでいます。
    「セックスとたばこの道徳的な厄払い」:学校での性教育についてのフリージャーナリストの報告と意見(約1ページ)、大学の歴史学教授が書いた喫煙禁止についての考察(約1ページ)

    「オバマの勝利の後ヨーロッパはNATOを廃止すべきだ」というタイトルの記事(約2ページ)。これは、日本でもおなじみの、カレル・ファン・ウォルフレンともう一人のNRCの論説員による合同論説ですが、写真を除いても、タブロイド版に優に丸1ページはある記事です。

    読者の意見を求めた論説員による「提言」(ここでは、最近会った水利管理組織の選挙に関するものです)(約1ページ)

    読者の投稿欄(約1ページ:8投稿)

    ロッテルダムの大学医学部の医療技術評価研究所に所属する医療経済の教授へのインタビュー(約1ページ)と新聞社のコメント(約3分の1ページ)

    移民出身の教授による連載コラム(約半ページ)


  • 「科学」紙面
    12月6,7日の紙面から紹介します。
    まず、見開きのページで、その週の、学術・科学誌からの話題を読者が投稿して集めています。
    次に、以下のような話題が、ほぼ1-2ページの割合で、特集されています。
    「海の上での引力」(地学)「技術は飛び、法はへつらう」(技術・電子技術とプライバシーについての記事)「虹のたんぱく質」(生物学・細胞学でノーベル賞を受賞した研究の紹介)「都市の浮遊者の持っているもの」(考古学者によるアメリカのホームレスの所有物についての考察)



  • 「土曜日エトセトラ」紙面
    12月6,7日の紙面は次のように構成されています。
    「我々は危機を理解したくないのだ」(見開き2ページ)
     世界でもっとも重要な経済学者といわれているジェフリー・サックスへのインタビュー
    「誰にでも起こりうること」(3ページ、写真1ページ分を含む)
     HIVエイズビールス感染の問題
    「点数の低い医者たち」(2ページ、写真を含む)
     ロシアの低い医療レベルについての報告
    *(興味深い)人物紹介(1ページ、写真を含む)
    *その週に話題になった政治スキャンダルの背景(2ページ、写真を含む)
    *その週、「安全・治安問題」についての話題の講演をした講演者へのインタビュー(2ページ、写真を含む)
    *写真集「どこもかしこも障害物だらけ」(ヨルダンからの報告)(見開き2ページ)
    「私は世界のためにプレゼント作りをしている」(モード・ファッション記事)(インタビュー)(見開き2ページ)
    *飲食の記事として、キノコについての話題(1ページ)
    *旅行記事、「砂漠ブルース」(マリ・ニジェール・アルジェリアにまたがるサハラ地方の紹介)(見開き2ページ)
    *連載記事「オランダ日記」(知名人が、1週間の日記をつづる)(写真を含め1ページ)
    *メディア面:女性ジャーナリストによるマスメディアに関するエッセイ(写真を含め1ページ)
    このほか、短いコラム各種

 いかがでしょうか。土曜日となると、毎週毎週、平日の新聞に加えて、これだけの量の情報がタブロイド版に詰め込まれて送られてくるのです。

 日本の新聞に、これほどの量の徹底した専門記事、インタビュー、対談、エッセイなどは、掲載されているのは、見たことがありません。

 それでは、こういう読み物は、日本ではいったい誰がどんな風に担っているのだろうか、と考えてみると、すぐに浮かぶのは、書店に出てくる出版物です。特に、オランダの週末タブロイド版添付紙が取り扱う、時事に刺激された記事、一般読者への啓もうを誘う基本情報、などという性質の内容を考えると、たぶん、日本では、良質の週刊紙か新書が取り扱う題材ではないか、と思います。

 しかし、日本での書籍の出版数というのは、かなり話題になって売れたとしても10-30万がせいぜいではないでしょうか。大手新聞社の販売数800万ー1000万部にはとてもかないません。

 オランダでは、新聞に、これだけ堅苦しい話題をこんなにふんだんに入れていてもまだ売れる、あるいは、売れるためにわざわざ工夫して話題を選んでそうしてもいるのでしょう。

 民度の違い、教育の違いというのは明らかなような気がします。一般の市民が、ものを考え自分の立場を決めるために、読者に判断の材料を、さまざまの角度から提供しているのがオランダの新聞であるようです。


  



 

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