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2012年4月26日木曜日

ポルダーモデル加熱中~~~ユーロ危機下の政権解散

ぬいぐるみの『クマ』を連想させる小太りで、驕りのない人懐こい黒い瞳のヤン・ケース・ファン・ヤーハー財務相が、連日、与野党の党首や財務専門家の間を早朝から深夜まで駆け回っている。4月30日までに2013年の予算案を確定し、来年度の予算赤字を3%に抑える案を提出しなくてはならないからだ。ところが、幸か不幸か4月30日は「女王誕生日」で休日。週末・祭日に働かないつもりなら、何とか今日中に緊縮予算を確定しなければならない。

実は、こんなことがバタバタ起きることになろうとは、先週土曜日までは誰も予想していなかった。政権与党である、自由民主党(VVD)のマルク・ルッテ首相とキリスト教民主連合(CDA)のマキシム・フェルハーヘン副首相とは、すでに7週間にわたり、野党自由党(PVV)の党首ヘールト・ウィルダーズとの間で、予算案交渉を続けており、欧州連合への予算案提出締め切りを控え、先週末には合意が成立するというのが大方の見方であったからだ。


背景

なぜ、政権与党は、野党自由党との交渉を続けていたのか。その理由は、この政権が、史上稀に見る「少数政権」であったことによる。
2010年6月9日に行われた総選挙では、保守リベラル派の「自由民主党」(VVD)が、伝統的に多数を獲得してきたキリスト教民主連合(CDA)や労働党(PvdA)を抑えて躍進してトップの座に(150議席中31議席)。同時に、国粋派保守のポピュリズム政党「自由党」(PVV)も、選挙出馬2回目であるにもかかわらず24議席を取るという躍進ぶりだった。 おおざっぱに言えば、左派勢力が票数を圧倒的に落とし、右派および極右的な勢力が勢力を伸ばす、という格好だった。

とはいえ、連合交渉は難航。
もともと、オランダの政治は、キリスト教民主連合(CDA)が、右派の自由民主党(VVD)、左派の労働党(PvdA)と連合を組み、右に左に揺れながら政権を支えてきた。90年代に3期、キリスト教民主連合(CDA)が野党となった時期があるが、その時も「紫政権」と呼ばれるように、リベラル派(青)と革新社会主義派(赤)とが連合した、まさに「中道」そのものの政権だった。
だが、2010年の選挙結果は、左右両派の分極があまりに目立ち、連合交渉が試みられたものの、左派勢力が「自由民主党」(VVD)指導下で、厳しい緊縮財政を受ける用意はなく、決裂。結局、もともと「自由民主党」(VVD)の出身で、反ヨーロッパと反移民政策を唱えるヘールト・ウィルダーズの一人芝居に支えられた「自由党」(PVV)が、「一定の政策については、政権の法案を支持する」という条件で、野党に居ながら「政権パートナー」となる形の「少数政権」が10月に設立された。

極右政党を野党パートナーに取り込んだ少数政権設立後、緊縮政策が徐々に進められたものの、ヨーロッパの経済は2011年夏以降急速に悪化。ギリシャ、イタリアなど、南部諸国の経済不況を回復させ、ユーロ通貨を健全化させるために、欧州連合は、域内の財政政策に厳しい条件を付けざるを得なくなる。中でも、最も重要なのは、財政赤字3%以内・国債60%以内という条件の強化だ。

とはいえ、ヨーロッパ諸国では、ユーロ危機が始まる前のおよそ10年ほどの間、どこも、反移民・国境強化を求めるポピュリズムが蔓延。これらのポピュリズム政党は、元来、外国人の移入を嫌い、多国籍協働を嫌う保守派であるから、ユーロ危機によって、欧州連合の引き締めが強まることに対して反発する。

他方、オランダは、欧州連合の前身【石炭鉄鋼共同体】のスタートメンバーであることからもわかる通り、ヨーロッパの中でも、常に、積極的に多国籍協働を推進してきたことで知られる国だ。もともとオランダは移民が多い国ともいわれるし、諸外国との通商で経済を支えてきた国でもある。財政赤字3%制限も、昔から積極的に厳守に努めてきたし、対外的に、欧州連合の「優等生」というイメージがあった。そして、その好イメージは傷つけたくない。

少数政権与党のVVDとVDAは「親ヨーロッパ」であるのに対し、野党で政権パートナーであるPPVは「反ヨーロッパ」。7週間もの間交渉を続けながら、いつまでも合意に至らなかったのは、この立場の違いにもあったと思われる。


  3月20日、「経済政策分析局[CPB]]が試算したところによると、現行の予算案のままだと、来年度の予算赤字は4.6%で、当初の計算よりさらに0.1%上昇の見込み。欧州連合内の合意では、各国の予算赤字は3%以内に抑えるべきとなっており、そのためには、さらに96億ユーロの削減が必要だ、との勧告となった。

3政党の予算案交渉では、いくつかの点では合意ができていたらしい。公務員給与の引き上げ見送り、消費税の引き上げ(一般消費税19%から21%へ、減額消費税6%から7%へ)、住宅金融に基づく非課税措置の改正などだ。

しかし、先週土曜日4月21日、PVVのウィルダーズは、交渉参加を中止。「政権の緊縮案は年金生活者の生活を苦境に陥れる」「欧州連合の指示に言いなりになる必要はない」という言葉を、ジャーナリストらが突きつけるマイクで連発した。最近、相次いで党内の問題が起こり、有権者からの指示を落とし始めていた。このあたりで目立つ発言をする必要があると判断したのかもしれない。しかし、状況は逆で、交渉をやめて以来、与野党両派から批判の矢を受けている。


ポルダーモデル、元気に再開


 改正予算案提出締め切りぎりぎりで交渉決裂となれば、パニックになりそうなところだが、どうやら、テレビや新聞から伝えられるオランダ政治の状況は、むしろ逆で、政治家は、にわかに元気を取り戻しているように見える。交渉決裂で、政策実行不能となった与党は、政権解散を宣言したものの、与党の党首らも、野党の党首らも、まるで、「これでやっとPVV抜きでオープンに予算案を議論できる」と、腕まくりをして構え始めた感じなのだ。

7週間の間、首相官邸という密室で交渉が続けられて折り、インタビューが不可能だったマスメディアも、これでオープンに取材でき、その背景の掘り起こしに躍起になり始めた。

とはいえ、4月30日の締め切りは迫る。

というわけで、次期政権のための選挙を9月12日と定める一方、財務大臣ヤン・ケース・ファン・ヤーハーが、イニシアチブを取り、国会議論に備えて、野党の党首と、現在すでにほぼ完成している予算案に基づいて、調整交渉が始まった。今週に入って、連日、大臣は、各党の党首と会談し、譲歩を取り付け、財務専門家のアドバイスを受けている、という。党首らとの会談の合間に部屋から出てくる大臣をテレビカメラがとらえる。汗をぬぐいつつ、カメラに向かってにこっと笑って見せる。

結果はまだ出ていない。今日の審議で決まるのか、それとも、週末まで持ち込むのか、、、

いずれにせよ、欧州連合に対して財政赤字を3%に抑えた予算案を提出しなければ、欧州連合からは12億ユーロの罰金支払いが求められるという。そうなれば、国民の負担はなお一層大きくなる。しかも、国内の購買力がさらに下がり不況が長引けば、オランダ国債のランクも落ち、国際的にオランダ経済への信頼度が下がってしまう。政権が解散されたとなれば、国会が一段となって最善策を生み出すよりない、というわけだ。

「ポルダーモデル」について、かつて何度も紹介した。

「ポルダー」とは、海面よりも低い干拓地のことで、オランダの国土の4割がポルダーである。海面下の干拓地が水浸しにならないように、ポルダーの周りには、ダイクと呼ばれる堤防が築かれ、土地の周りに何重にも水路をめぐらせ、昔は風車で、現在は電力で中の土地の水をダイクの外に汲み上げ、人々の暮らしが水浸しにならないように守っている。

「みんなで一緒に協力して、私たちの足が水にぬれないようにしなくては」というのが、ポルダーを守ってきたオランダ人のメンタリティだ。このポルダーモデルが、かつて、80年代に、オランダにワークシェアリングを生む背景にあった。企業に対して、労働者は、企業投資のための余裕を残すために賃金引き上げを抑制して求め、逆に、企業は、購買力を維持するために労働者に「パートタイム就業の正規化」を認めた。そして、この政策は、人々に、勤労だけではなく、家庭生活や社会参加をしながら暮らすというゆとりのある生活の実現を可能にした。オランダ人の「幸福度」の高さの基盤となっているのは、このライフ・ワーク・社会参加の三つにバランスのある生活が保障されていることだ。

今回もまた、彼らの「ポルダーモデル」が動き始めている。政権が解散され、執政力を失ったのなら、指をくわえ手をこまねいているわけにはいかない。与野党の別なく、みんなで、何とか「合意」できる案を生み出さなくては、、、というわけだ。

ニコニコしているのは、財務大臣だけではない。交渉を決裂に導いたPVVの党首ウィルダーズを除いて、どの政党の党首もやる気満々だ。
もともと、オランダの政治家たちは、議論・討論能力に凄まじく長けた人たちばかり。主張のしどころ、妥協のしどころを心得ている。

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オランダの政治が面白くなってきた。
少なくとも、2000年ごろからオランダに淀んでいたポピュリズムの影が、少しだけ一掃された。これを機に、うまくこの危機を乗り越えられれば、そして、PVVの存在が、どれほどオランダの政治を停滞させたかということがマスメディアでオープンに見直されていけば、オランダ社会は、ポピュリズムの時代を少し脱皮できるのかもしれない。

経済を回復させる最も大きな要因の一つは、未来への『楽観』だ。政治家らが、どれだけ、柔軟に、そして、ニコニコと「大丈夫、私たちが責任を持って最善策を選ぶから」といってくれるだけで、消費者の財布のひもは緩むし、購買力は上がる。政治家は、この消費者(有権者)の信頼を取り付けて、パラダイムを覆すような斬新な政策を打ち出していくことで、不況を打開できる。
オランダは、かつて、何度も、そうして、苦境を乗り切ってきた。小さい国だが、人を大切にする国。小さいが、人の力を信用し、ありとあらゆる人材の知恵を使って国を支えようとしてきた。

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同じような状況にあったデンマークでも、昨年、革新勢力がポピュリズム政治を打開した。
他方、先週末行われたフランスの大統領選(1期)では、保守はサルコジが26%台に指示を落とし、革新派のオランドが28%でトップに立ったものの、オランダのPVVを同じく、反移民・反ヨーロッパを唱えるマリーヌ・ル・パンが、なんと20%で3位につき、フランス社会におけるポピュリズム拡張の姿を露呈させた。第2次大統領選では、ル・パンの支持票は、第1位の革新派オランドよりも、保守派サルコジに回る可能性の方が圧倒的に大きい。フランスも、今、大衆政治に振り回され始めている。