「教育先進国リポートDVD オランダ入門編」発売

Translate

2009年4月22日水曜日

ワーク(就業)シェアリングの国は失業もパートタイムで

 世界を襲う前代未聞の経済危機は、いまだに出口が見えません。海外市場に多くを依存している小国オランダの経済も、世界の動向に光が見えないうちは先が見えず思い切った政策がとれないでいるようです。とにもかくにも、この小国オランダの経済がつぶれないためには、政労使が協力して力を合わせるしかない、、、その点だけは、一致団結しているようです。

 そんな中で、4月1日付けで、オランダ政府は、パートタイム失業保険制度を導入しました。経済危機にあっての緊急対策です。

 もともとワークシェアリングの国。同一労働、同一賃金の原則に従い、同じ職場の同じ仕事であれば、職員の希望によって、週32時間でもよければ週20時間でも働けるというオランダです。

 このワークシェアリング、つまり、仕事の機会をお互いに分け合う、という社会で、今度の緊急対策は、「失業」を分け合おうという発想から出てきたものと思われます。

 この制度は、社会事象・労働機会省の説明によると、企業(雇用者)は、職員(被雇用者)を、その職員が現在契約している労働時間に対して、最大50%まで、3カ月以内の期間部分解雇できるというものです。オランダの失業保険(WW) は失業直前の時点での賃金の70%を保障しますから、仮に、雇用者が50%の解雇を要求した場合、実質的には、15%の賃金減になる、という計算です。

 3カ月の期間は、場合によっては、2回まで最大6カ月まで延長が認められますが、雇用者は、この期間中、また、その後一定の期間以内は、その職員(被雇用者)を解雇してはならない、やむを得ず解雇しなければならない場合には、このパートタイム失業保険として国から支払われる額の50%を罰金として国に返済しなければならない、というものです。

 つまり、雇用者(企業)は、この経済不況期の苦しい時期を乗り越えるために、職員の労働時間を最大50%、一人当たり6カ月まで減少させることができるが、その間に、経営の無駄、組織の効率化、市場開発を図るなど企業運営そのものの改善を努力しなければならない、ということです。
 しかし、同時に、この制度は雇用者(企業)にとっても有利な点があることは言うまでもありません。なぜならば、苦しい時期に少しでもコスト減を測ることができれば、倒産の憂き目に会わずに済む企業も多いでしょうし、熟練した経験のある職員を解雇せずに、部分失業の形で保持できることで、やがて将来経済が回復した時に、人材不足に悩まずにすむからです。

 他方、被雇用者にとってはどうでしょうか。
 確かに、現在の時間よりも50%削減されたのでは、収入は減少します。しかし、世界中が危機に悩む時期、被雇用者が恐れているのは、完全に失業して路頭に迷うことです。今のような時期に失業すれば、次に仕事を見つけるのは大変困難です。それならば、期間限定、しかも、その後には再び前と同じ時間まで働けるこの制度は、将来に対する不安を取り除くことにもなります。しかも、オランダの場合、一般に、失業者やパートタイム就業者、派遣職員に対する研修の機会が充実しています。また、さまざまの教育・訓練期間が、自己開発を望んでいる労働者のために、比較的安価で時間的にも融通の利く研修をたくさん準備しています。ですから、「パートタイム失業」は、将来の転職、自己啓発のための機会を提供することにもなります。

 それでは、パートタイム失業保険制度で失業保険を支払わなくてはならない政府は? 熟練労働者や高齢労働者など、実質的に力のある労働者が「完全失業」となって、失業保険金の負担が増え、公営事業を大量に用意しなければならないことに比べたら、ずっと安価で済むはずです。

 昨日の新聞によると、労使代表の話し合いによって、この「パートタイム失業保険制度」の適用を雇用者側が申請した場合に、労働者はそれを拒否できない、ということを組合側が受け入れた、ということでした。 

 オランダには、SERといって企業と労働者との代表が共同で話し合う機関があります。ワークシェアリングを実現させたワッセナーの合意でも、この機関があったことが成功の秘訣だったのです。両者が歩み寄れたのは、双方が、双方の権利を主張し、また、双方の問題を知ることで、両者にとって「ウィン・ウィン」の関係を生み出すための知恵を絞るからです。これはときには時間がかかります。政府は、両者のちゅうさい調停的な役割を果たすとともに、両者が歩み寄れない場合に力を貸します。

 今回の「パートタイム失業保険制度」もまさに、この政労使共同での危機対策の典型であると思います。3人寄れば文殊の知恵、といいますが、3人の似たり寄ったりの人間が集まるのではなく、3者それぞれに利害が異なるモノが集まり、お互いの利と害を酌量すれば、予想もしなかった「知恵」が浮かぶもの、どうやら、そういうところにオランダ人たちは、知恵の絞りがいを感じる人たちのようなのです。

 無論、どの施策もどこまでうまくいくものかやってみなくてはわかりません。
 ただ、やってみて、またやり直しや修正ができる。それも、利害の異なる3社が、お互いに、張り合いいがみ合っているのではなく、とにかく、話し合ってみようじゃあないか、という気分を維持しているからできることなのです。

------

 今年の2月17日、CPB(経済政策分析局)の発表は、オランダ人を震撼させました。なにしろ、昨年夏まで失業率2.7%で、ヨーロッパの中でも最も優等生だったオランダが、2010年には、失業率9%に上るだろう、との発表だったからです。

 確かに、冒頭に述べたように、国外経済への依存率が大変高いオランダの経済には、今のところまだ先行き不安が非常に大きいままです。国内でも、主要紙や野党から、政府の施策が遅いとの批判は多いです。国民老齢年金の開始時期を65才から67歳に引き上げるか否か、高額の国庫費がかかる戦闘機を購入するか否かなどの議論が、毎日のように国会で議論されています。

 しかし、そんな中で、4月の初めに出た報告では、CPBの予測していたのよりも、失業率の増加が進んでいない、というほの明るいニュースも伝えられました。
 企業家と労働者の協調、また、そういう社会的な雰囲気が、苦しい時期、問題を共有しようという意識を支えていることがうかがえます。

-----

 日本では、「失われた10年」が、いまや「失われた20年」になりそうだ、との揶揄が聞こえます。英字週刊誌エコノミストは、10年失われたのはわかるが、20年もそれを続けるのは、策がないとしかいようがない、と批判していました。

 危機をチャンスに、という言葉も最近よく聞こえます。
 つまり、危機は、いろいろな意味で、物事を自己批判的に見直し、病巣を取り除くきっかけになるという意味でしょう。
 しかし、日本の失われた10年は、一見して、経済回復の努力をしていたかに見せ、政権の交代もなければ、企業の体質改善も本質的には行われなかったのではないでしょうか。それが証拠に、今も、日本の政治は未来に展望が描けず、国民は、政治に対して失望しているにもかかわらず、国民自身が、市民として政党を作り政治参加する意欲を持っていません。
 また、企業の収益は一時期上がったものの、その一方で、大量の失業者、派遣職員を生み、経済格差は異常に広がり、若者や一般家庭の貧困まで取りざたされるようになっています。経済大国の日本が、、、、です。それは、オランダなど、人々の人権を尊重する国々で、企業が、経済危機において、その問題を、企業内の組織・運営上の無駄を省き、効率化を図ることで乗り越えようと努力をしているのに対し、全く正反対の姿です。企業家は自己批判を回避して、不況のつけをすべて労働者に押し付けてきたにすぎないのです。

 これは、これからの日本の取り組みに非常に大きな示唆を与えるものではないでしょうか。

 現在の経済不況期に、諸外国は、再び、企業が、さらにより良い経営に向かうべく、さまざまの施策を知恵を絞って生み出そうとしています。それは、政府も国民も、労働者を路頭に迷わすようなことをすれば、社会そのものが連帯感を失い、人々の精神的な健康は失われ、おそらくは幸福度の総量が減少し、ストレスは働けない病人の数を増やし、出生率は下がり、生活に保証のない高齢者が増え、さらには、その社会を支える納税者としての若者がいなくなる、ということを知っているからです。

 同時に、自己批判によって経営や組織の体質改善に取り組んでいる企業は、この経済危機を乗り越えた暁には、新しい時代の新しい技術、新しい効率的な経営方法に取り組める状態に少しでも近付いていることでしょう。

 日本で問題を先送りしているのは政府だけではありません。企業家も、自己批判を避けて、労働者を吐き出し、表向きの数合わせをしているだけに過ぎないのではないでしょうか。そういう企業が、果たして、危機を乗り越えた時に、欧州の国々と競争できる健全で良質な体質を獲得しているのかどうか、、、、私はそこに不安を感じています。

 日本の政治家が本当に企業の再生を望んでいるのであれば、企業自身が内部の組織上・経営上の体質改善に取り組めるような刺激と支援を与える施策をとるべきでしょう。そして、未来社会にとって、健全で良質な企業経営とは、人間の幸福を推進し優先する生産と取引です。