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2009年3月30日月曜日

連帯と業種別組合:ワークシェアリング(ポルダーモデル)を可能にしたもの

 日本でも7年ぶりに再びワークシェアリングに取り組むことが政労使の合意で決まったという。(関連記事:http://naokonet.blogspot.com/)世界規模の金融危機、人件費の高騰、基幹製造業の生産低下と円高の煽りも受けた輸出額の急激な減少などで、日本経済の先行き不安要因は一気に高まり、失業率も今後ますます増えることが予想される。特に、すでに社会問題になって久しいフリーター、ニート、ワーキングプアなど、将来に展望を描けない若者の人口が急増している。一方で、高齢化社会を支える若年就労人口の減少を予測させる少子化問題が取りざたされているというのに、若者の働く権利・生きる権利を尊重する活力のある動きは見られず、巷では、いよいよワークシェアリングを実現する以外に解決策は見当たらないのでは、という声が増えてきている。そんな中での、7年ぶりの政労使の合意というが、果たして、それは、本当に効力のあるものになるのだろうか。

 ワークシェアリングの考え方は、オランダのポルダーモデルに起因するところが大きい。実際、オランダは、1982年、ワークシェアリングを実現することになった「ワッセナーの合意」(政労使合意)によって、低迷していた経済を目覚ましく好転させ、90年代の経済好調期を迎えることになった。このオランダの例は、当時のオランダに、ある意味で状況が似ていなくもない今の日本に一つの切り札を提供しているように見える。だが、今回の7年ぶりの「政労使」合意によるワークシェアリングへの再度の踏み出しは、本当に、切り札として有効なのだろうか。

 そういう観点から、オランダのワークシェアリングの状況を少し詳細にみてみたい。

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 実をいうと、オランダでは、「ワークシェアリング」と言ってもだれも何のことかわからない、というのが多分現実であろう。この言葉は、オランダではほとんど聞かれることがないからだ。
 日本でワークシェアリングが議論されるとき、その典型例としてオランダの経験がよく引き合いに出される。しかし、日本では、残念なことに、これを「オランダ・モデル」という言葉で表現している。おそらく、英語のわかる人が、この言葉を直訳してHolland ModelとかDutch Modelなどという語にして検索してみても、目的のワークシェアリングについてのオランダの背景情報には、おそらくなかなか行きつかないのではないかと思う。

 オランダでは、ワークシェアリングは「ポルダー・モデル」として知られている。名付け親はイギリス人の経済学者らしい。そして、この語は、オランダのワークシェアリングの本質を実に的確に示した言葉であるといえる。それは、単に、「仕事分け合う」というだけのものではなく、国内における失業率の低下と対外的な経済競争力の維持を目的として、雇用機会の創出と、それに伴う既存の雇用機会における労働時間の削減、また、賃上げ要求の抑制に基づく企業の競争力の維持、そして、これらの施策を促進するための法規的な制度の整備を内容とする、総合的な経済回復プランだった。

 <ポルダー>とは、人工の干拓地のことだ。河口のぬかるみの土地の周りをダイク(堤防)で囲み、風車などを使ってポンプで堤防内の水をくみ出して(干拓して)作った土地だ。オランダの全人口の約6割が、このポルダーといわれる海抜0メートル以下の土地に暮らしている。
 このような海抜下の土地ポルダーでは、住居や作物・家畜そして人命を押し流す洪水が最も怖い。そのため、オランダには、地方に分権された一般行政組織とは独立に、全国規模の水管理組織が作られており、共同・連携して、国土の水利事業と維持を行っている。

 オランダのワークシェアリングが<ポルダー>モデルと名付けられたのは、国内にいる様々の立場の人々の「連帯」に基づく協働によって、国家経済を対外的に強化するという目的で実施されたからだ。政府・企業・労働者という3者が、お互いの立場や利益を尊重しながら、歩み寄って、自国の経済を健全で競争力の高いものとして維持しようとした。その一部がまさに、日本でいわれるところの「ワークシェアリング」だった。「連帯感」を生むために、企業家や既得権を持つ就業者が自らの利益を譲歩して、低所得労働者や失業者に労働の機会を与え、逆に、労働者は、企業側への賃上げ要求を自主抑制することで、経済低迷期に、企業が新規事業への技術革新への投資力を低下させたり、インフレ・物価高による欧州市場での対外競争力を低下させることのないようにしようとした。無節制な賃上げ要求は、人件費の高騰によって生産物の価格を押し上げ、ひいては欧州や世界で市場競争力の低下につながる。こうして経営者の首を締めればは、最終的には失業率の増大という形で、労働者の解雇につながることが目に見えているからだ。

 また、ポルダーモデルが目指した失業率の低下は、なかでも、新しい知識や技術・情報を学ん出来たばかりの若年労働者や、国家資産によって育成された高学歴であるにもかかわらずその成果を社会に還元できないで家庭にとどまる女性たちの雇用機会を増やすことに焦点が置かれてもいた。未来を担う世代に、また、これまで家庭にこもってしまっていた女性に雇用機会を提供することで、社会参加意識を育て、社会に「連帯感」を醸成することが、ポルダー・モデルの社会的な意義であったともいえよう。

 この「連帯感の醸成」という観点からみて、ポルダーモデルを生んだ「ワッセナーの合意」(1982年)という政労使三者の合意は、そこに至るプロセスを、どれだけ、市民が共有しているか、ということが大変重要な眼目にあったと言い換えることもできる。

 政策決定のプロセスを市民が共有するためには、マスメディアの力が非常に期待される。
 この点で、オランダのマスメディアは、ポルダーモデルよりも、さらにずっと以前から、市民の社会参加意識の醸成の役割を、きわめて有効的に果たしてきた。

 前回の記事で書いた、先週の「金融危機対策の経済回復プラン」を巡る政労使合意に至る話し合いが3週間にわたって続けられる間、各新聞や公共放送を使用する各種の放送団体は、この間の動きを独自の視点でつぶさに報道した。それぞれ、議論・討論の場を設け、話し合いに並行して、各政党の意見、労使それぞれの代表者、市民の意見が毎日のように取り上げられた。その合間合間には、政労使の話し合いの当事者である、首相・副首相、企業代表、組合代表らも、生放送でインタビューに応じる。識者らが集まって、首相や財務大臣、各政党の党首などのパフォーマンスを批評する。それは、市民である視聴者の立場からすると、ジャーナリストを通じて様々の立場の意見をリーダーらにぶつけ、反応をうかがう機会であり、政治家や労使代表にとっては、みずからの立場を表明し、視聴者を説得し、自らの選択をフィードバックする重要な機会なのである。

 こうしたマスメディア上のやりとりそのものが、市民に「声が聞かれている」という安心感と、「議論に加わっている」という社会参加意識、そして、政策決定後には、それを成功させようという「自己責任」意識につながる。つまり「連帯感」の醸成そのものだ。

 しかし、日本のワークシェアリングの議論には、こういう、マスメディアの役割が完全に欠落している。
 官僚が用意した「記者クラブ」での公式発表を、経験の少ない新米記者が「受動的に」受け止め筆記し、新聞紙上に転写するだけのメディアでは、市民に参加の機会は生まれない。こういう脆弱なメディアからは「連帯感」は生まれない。「連帯感」のないワークシェアリングは、果たして、オランダのモデルを想起させる、オランダが実績を生んだような経済回復につながるものなのか。23日に発表された「日本型」ワークシェアリングの復活は、その前後の事情を見ていても、いかにも唐突で、市民参加の議論に基づいたものではなく、単なるなれあい談合の結果、これもまた相も変わらずのトップダウン政策の一つにすぎない、と落胆させられる。

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 日本りのワークシェアリングに「日本型」という冠がつけられていることにも、疑問点は多い。

 企業家、政治家、ある種の識者は、日本には独特の伝統的な雇用慣行があり、それがあるために、オランダのようなワークシェアリングの導入には無理がある、という議論を、おそらくはまことしやかにすることだろう。けれども、その日本的な雇用慣行とは、果たして、単なる文化の違いと片付けられるものなのか、それとも、近代化の遅れそのものなのか。後発の近代化を遂げた国は、法制度としては西洋型の近代民主制度を銘打っていながら、内実として、それに矛盾した前近代的な制度を温存していることが多い。そういう意味で、日本はこの、不自然な近代化のゆがみを典型的に表している社会であるし、こうしたゆがみは、中国やインドをはじめ、後発で急速な近代化を実現した国に多かれ少なかれみられるものだ。一方で、西洋的な価値意識に基づく、近代市民社会の理想がありながら、内実として、伝統的に市民意識が育っていないか、抑制され続けてきた国は、非西洋に多い。日本の今の閉塞状況は、まさに、そうした社会的病理の典型例であり、これを日本がどう独自の力で乗り越えられるかは、これらの後発非西洋社会で、近未来に予測される社会問題に、一つの普遍的な解決策をモデルとして提示できるかどうか、という風に置き換えることもできると思う。

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 日本独特の雇用慣行の特徴として、最も顕著なものに、年功序列制度と企業別労働組合があげられる。

 年功序列制度は、労働者の、実力・実質的な意味での資格・経験などに基づかず、単なる勤続年数だけで序列を決めるという点で、前近代的な性質を持っている。昨今、一部で導入が求められているジョブカード制度や、キャリアアップと称する訓練も、実質的な実力よりも年功序列が優先した制度では有効に機能しないのではないか。もともと、学校教育そのものが、確固とした一定の能力達成を条件とした、内実のある卒業資格によってではなく、単なる、相互競争だけで生徒を選別する制度だ。入試制度が幅を利かせ、実力よりも学歴が優先される雇用慣行の中で、ジョブカードや訓練の有効な発展は望めない。

 さらに、雇用機会の創出を確信に据えるワークシェアリングの実現の前に、大きく立ちはだかっているのは、企業別労働組合の慣行だ。これは、オランダの実情と照らし合わせてみると、一目瞭然としてくる。

 オランダでは、業種別労働組合が普通で、各業種(セクター)ごとに、毎年、労使協定(CAO)が更新される。CAOには、次の10大項目を盛り込むことが法律で義務付けられている。これが、ワークシェアリングの推進において非常に大きな役割を果たしている。

1.労働時間
2.俸給体系
3.職務評価基準
4.休暇規則及び労働時間短縮規則
5.残業規則
6.疾病時対応規則
7.労働環境と安全についての規則
8.(早期)退職規則
9.解雇規則
10.専門職権

 つまり、業種別に決められた、すなわち、企業の壁を越えたCAOが存在することで、労働者は、同一条件のもとで、同じ業種の企業間を自由にジョブハンティングしながら移動できる。同じ業種の企業は、少なくとも、CAOの10原則に関する限り、全く同じ条件で、雇用機会を提供しなくてはならないからだ。

 これは、企業の市場ではなく、労働者の雇用市場の公正という、日本の現状からは実現が極めて危ぶまれる事態を意味している。

 日本の、企業内労働組合では、職員に俸給を支払い、仕事の内容を決める経営者と、それに従順に従う以外にない労働者の間には、公正で平等の関係は約束されない。年功序列制が、さらにそれに加わるため、労働者は、たとえ自分には同意できない劣悪な経営であっても、ただじっと我慢して忠実に仕事を続けていさえすれば、やがて経営者の立場になることも期待される。技術革新や経営改革は起こりにくく、社内での不正も生じやすい。
 同業種であっても、同業種組合がないために、労働者の自立を保障する連帯がなく、企業間競争は、生産効率だけをめぐって行われることになり、よりよい労働条件を競い合うことはあり得ない。労働者の権利が生産効率のために犠牲となりやすい状況が容易に生まれる。
 企業(経営者)にとっては、職員を劣悪な条件下で酷使できるわけで、効率化が図りやすい。一見、家族経営に見せかけてはいるが、安くて、思うように動かせる労働者をいくらでも使えるという構図だ。しかし、これは、本当に企業にとって有用な制度なのだろうか。こうした状態が長く続けば、職員の就労意欲は低下し、企業の技術革新や経営の抜本的な改革には取り組みにくくなるのではないか。また、若年労働者が持っている新しい情報や技術・知識は生かされにくく、したがって、対外的な競争には非常に弱い立場とならざるを得ない。
 
 平たく言えば、労働者は、その企業の上司から、「ぶつぶつ言わずに仕事が終わるまで残業しろ」と言われたら、それに従う以外に選択肢がなく、「休暇などをそんなにとっていたら、B社に負けるぞ。負けていいのか、お前の会社が。それで会社がつぶれたら、元も子もないだろ」と脅されれば、業種別労働者の組合というバックアップがないために、返す言葉もなく、残業手当も、休暇もなく、働きづめに働いて、過労死、うつ病候補にならざるを得ないしくみになっている、ということだ。

 これでは、自主的な社会参加意識や自己責任を涵養し、労働者自らがワーク・ライフ・バランスを選択するワークシェアリングの精神を具体的に実現できるわけがない。

 このように、オランダのポルダーモデルが有効に機能できたのは、業種別労働組合があったからだ。上にあげたように、CAOの中には、同業種の労使間の約束として、共通の休暇規則、残業規則、労働時間短縮規則が盛り込まれている。だから、労働者は、自分が就業している企業がそれらの規則を守っていなければ、いつでも、他の企業に転職していく。CAOがあるからこそ、誰はばかることもなく、安心して、ワーク・ライフ・バランス、男女の役割分担を、自分なりに選択することができる。

 業種別組合を基礎とした労使協定CAO があるおかげで、障害者の自立も促された。

 オランダでは、労働市場に関する限り、<障害者>という別のカテゴリーは存在しない。
 障害者は、疾病による、一般の「長期労働不能者」として一般労働者と同じ待遇を受ける。障害者たちは、長期労働不能者と共に、適正業種を想定して、個別に就労能力の判定をうける。これらの長期労働不能者は、通常の健常労働者の就労能力を1とした場合、何%の就労能力を持っているのかと判定される。判定基準は、科学的に証明された共通の基準が全国一律に適用される。
 したがって、障害者を含む長期労働不能者は、ポルダーモデルによって実現した、正規のパートタイム就業を利用することにより、就業による収入と、それを補完する部分的な障害者手当とを組み合わせて、自立的に生活できる。「正規」のパートタイムであるから、俸給は、同一労働同一賃金の原則に従って支払われ、年金積立や保険制度も適用される。
 だから、障害者であっても、就業している職種によって、一般の業種別労働組合の正規会員として登録されている。つまり、CAO協定の対象になっているということだ。

 教職員組合の例をとってみよう。
 教職員の資格を持つものは、この組合に属することで、教職員組合のCAOの規定の対象になる。CAOは、業種ごとに、俸給体系を規定しているので、この教員が、私立学校に勤めようが、公立学校に勤めようが、いかなる学校に勤めようとも、つまり、雇用者が市であれ私立法人であれ、俸給体系や労働時間、労働条件、休暇規則、解雇規則などには一切何らの違いもない。

 つまり、企業経営者が、質の高い労働者を採用したいと思えば、CAO協定に基づく、業種内に共通の規定を順守したうえで、さらに労働者にとって魅力的な職場を提供しなければ、よい人材を確保できない、ということだ。

 おそらく、日本の企業経営者には溜息がでるような話、こんな不景気にそんなに労働者を甘やかす金はない、と嘯くことだろう。だが、オランダのワークシェアリングは、そういう不景気のどん底であったからこそ実施された英断だった。
 日本企業が国際競争力を弱めている最大の原因は、従順で、革新意欲がなく、新しいアイデアを生み出す思考力もなく、先進の技術や情報を持った若者の発言を認めない日本の雇用慣行をあまりにも温存していることではないのか。

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 ワークシェアリングの導入は、単に雇用創出という意味だけではなく、おそらく、日本社会の行き詰まりを解決し、日本社会の雇用文化を大きく180度転回し、活力のある社会を生み出し、人々の幸福感を回復する可能性を持つ、数少ない施策の一つであると思う。それだけに、安易な導入は避けるべきだと思う。名前だけが先行して、元の主旨が伝わらず、政労使の代表者だけで、市民には見えない議論で、あたかも実現努力をしたかに見せかけるのは、眉つばものだ。

 ワークシェアリングは、誰よりも、失業者、あるいは、失業と隣り合わせにいる労働者のためのものだ。これらの人々が、能力に応じた適切な雇用機会を与えられることで、格差が是正されなければ、「連帯」感のある社会は創出できない。日本人の幸福度を向上させるための条件は、この連帯感の創出と無関係ではありえない。






2009年3月26日木曜日

金融危機緊急経済回復プランの発表をめぐって


 米国のサブプライムローンに始まる世界規模の金融危機は、世界中の国々で、先行き不安を示しています。産業・経済市場のグローバル化によって、相互の依存度が著しく高くなっている中、世界規模の不況は、どこからきっかけをつかむのか、お互いにお互いの動きを察しつつも、先を読むことが難しく、具体的な対策を打ち出しにくい、前例のない状況を迎えています。
 
 そんな中で、日本では、数日前、突如として、「政労使三者が合意、7年ぶりに「日本型」ワークシェアリング」という文字が各新聞紙上に躍りました。それに至る議論もほとんど見られず、その後、発表された内容をめぐって展開される議論もほとんど続かなかったように思います。
 ワークシェアリングの元祖はオランダのポルダーモデルです。しかし、「日本型」ワークシェアリングとして示されている内容は、元祖のオランダのポルダーモデルには似ても似つかず、元来、ポルダーモデルを今採用するならば、苦境の日本経済と労働市場にかなりの効果を上げるのではないか、と思われるこの政策も、市民の議論を巻き込むどころか、なれあい合意に終わった感があり、未来に明るい見通しを開く、何よりも、労働市場で活動する一般市民にが未来に楽観を抱くことのできる、インパクトのある転換にはならなかったようです。

 他方、オランダでは、70年代の長い長い不況をもたらした「オランダ病」に奇跡の回復を与えた「パートタイム就業の正規化と賃上げ要求抑制という「ポルダーモデル」(日本では、オランダモデルとかワークシェアリングの名で知られるが、この用語では英語検索は無理)の切り札は、今回の危機にはもうありません。ただ、危機状況にあって、このポルダーモデルという労使協調の枠組みが、うまくいけば再び功を奏するかもしれない、という期待は若干あります。
(ポルダーモデルについては拙著「残業ゼロ授業料ゼロで豊かな国オランダ」をご参照ください)

 昨日、3週間の協議を経て発表された、現連合政権の「金融危機緊急経済回復プラン」の発表の様子と、それに対する反応について、報告します。金融危機に対するオランダの取り組みは何なのか、また、日本の取り組みとどこがどう違うのか、考えてみたいと思います。


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 今回の金融危機のニュースが伝わった当初(昨年9月)、オランダの経済は、ヨーロッパ内でも優等生(失業率は2.9%で欧州連合内最低)でしたし、経済活動も非常に健全と、ボス財務大臣の落ち着いた、国民を安心させるような態度と、人々のそれに応じた楽観とで、危機感はあまりなかったように思います。その後に続いた、ABN-AMRO銀行のベルギーからの奪還ドラマでも、オランダの選択はなかなかしたたかで賢明であったと思われます。

 しかし、この楽観ムードは、前回述べた、CPB(経済政策分析局)の経済見通しの発表後、急速に変化、楽観は一気に悲観へと変わり、世論にも、ひとびとの先行き不安を示す傾向が著しく上昇しました。いきおい、企業経営者側からも、労働者の側からも、政府はどういう方針で経済回復を推進するのか、一日も早く示せ、と迫る声が日増しに高まってきていました。また、つい先ごろ、2008年にノーベル経済学賞を受章した世界的に名高いアメリカ人経済学者ポール・クルーグマンが、欧州の金融危機対策が消極的であることに落胆している、というコメントを述べたことでも、政府に対する人々の圧力と期待は高まっていたと思われます。

 「キリスト教民主連盟」(CDA)を中心に、「労働党」(PvdA) と少数派の「キリスト教連合」(CU)とからなる元連合政権は、この3週間にわたって、危機対策プランのための話し合いを続けてきました。月曜日(23日)に予定されていた合意達成は難航し、ようやく24日夜遅く合意、昨25日の発表となりました。

 危機対策プランの骨子は、①2009年と2010年は、「持続可能性の高い」「革新的な」企業や生産を優先して、刺激を与えるために国庫投資を続け財政緊縮は2011年からしかやらない、②一般老齢年金AOWの受給年齢を65歳から67歳に引き上げる案に関し、向こう半年以内に、労使間協議で対案を提示できれば、検討する、という二つでした。

 ①の、向こう2年間にわたる経済刺激活性化策のための国庫投資額は、600億ユーロ。この投資により、不景気の終点時点で、「より新しく、清潔で、より効率的な経済が存在していることを目指す」とのことです。不景気回復を予想した2011年には、500億ユーロの財政緊縮が予定されています。
  ②のAOW(一般老齢年金)の受給資格年齢を65歳から67歳に上げるという案は、連合を構成している3政党が、唯一共通して同意できる削減策であったといわれます。財政削減案の中には、住宅ローン課税控除の制限、特別疾病一般法(AWBZ=国民保険制度の一種)の改正、世帯内の無所得者または第2所得者に対する課税控除の廃止などが挙がっていたものの、連合内の3政党の足並みがそろわず、財政削減案としては提示できませんでした。

 さて、3週間にわたる集中的な討議を経て、危機対策プランを発表した政権に対して、野党は一様にブーイング、翌26日から、第2院(衆議院に相当)で、このプランをめぐる国会討議が始まっていますが、すでにさまざまの批判の声が聞かれています。
 革新的な野党の側からは、社会党SPが、危機状況は急進的に新しい選択を迫ることによって「文化変容」をもたらすものと期待していたにもかかわらず、今回のプランにはそういう展望が見られない、とし、民主66党(D66)も、「恐るべきほどに野心に欠ける」とこき下ろし、「緑の左派党」(GL)は、財政削減案として挙がっていた提案に対して、タブーを切り込む意欲が見られない、と批判。他方、保守派の野党側からは、自民党(VVD) が、古い政治慣習ですべての問題を先送りしているだけだ、と述べ、最も右翼的傾向の強い、移民排他で知られるヘールト・ウィルダーズ率いる自由党(PVV)も、何らの緊急感覚も見いだせない、古い体質の政治だ、と頭ごなしに批判しています。

 ただ、今回の、緊急プラン作成の途上で野党各党が不満を抱いていたのは、プランの内容についてだけではなく、それを生み出す過程そのものにもあったようです。
 なぜなら、緊急プラン作成に、野党の意見が反映されるよりも以前に、協議の席上に、組合の代表と企業代表とが参加していたからです。

 組合(代表)と企業(代表)とを、オランダでは、ソーシャル・パートナーと呼びます。つまり、雇用をめぐる、労働市場での、雇用者と被雇用者のことです。

 これは、冒頭に述べた「ポルダー・モデル」にも関係があります。
 オランダでは、1982年、長い経済低迷期を打開するために、政労使の間で「ワッセナーの合意」という、合意書が署名されました。それは、「失業対策の諸側面に関する中央諮問書」という正式名称の文書ですが、これにより、労働者は、企業側が、十分な賃上げの余裕を持っているにもかかわらず、賃上げ要求を低く抑えることで、インフレを抑制し、対外競争力が維持できることを優先したのです。その代わりに、企業側は、フルタイムとパートタイム就業の区別をなくすことを受け入れ、それによって、フルタイムと同じように、同一労働同一賃金、男女平等待遇の原則に基づくワークシェアリングが実現し、雇用機会の拡大と失業率の低下につながったという背景を持っています。

 この、普通、日本などでは非常に考えにくい雇用者と被雇用者の間の協調的な協働関係の基礎づくりをしてきたのは、1950年に設立されていた「社会経済評議会(SER)」という組織でした。SERは、以来、労使間の協議の場を提供してきたからです。

 つまり、SERは、ポルダーモデルの基礎としてなくてはならぬ団体だったのです。

 今回、経済回復プランを作成するにあたって、協議に加わっていたというのは、まさに、このSERで、野党が批判したのは、プランを立てるという政治政策設定の場に、野党よりも先に、SERが優先されていたことです。

 もっとも、今日、国会討議が始まるまえの昨日の新聞NRC(自由主義系)には、下記のように書かれています。
「当然、、野党は、明日、討議に際して、<ヤジの鍋釜騒動>を展開するだろう。また、それが、当然野党の役割でもある」と。

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 というようなわけで、今後しばらく、危機対策の経済回復プランに対しては、さまざまの議論が展開されることと予想されます。また、その議論を新聞やテレビが並行して追いかけることによって、徐々に世論が形成されていくと思われます。ポルダーモデルとは、そう言う、政策決定においても、その後においても、ずっと世の中に議論が継続していて、何らかの契機によって、進行、停滞、修正、逆行を小刻みに繰り返すシステムなのです。一見して効率は悪いように見える、しかし、そのおかげで、市民と政治家の極端な乖離を防ぎ、国に対する信頼感を維持し、市民が参加意識を感じられるシステムです。

 現に、この数日間、ハーグ市にある首相官邸で、協議が行われている間、ずっと、テレビでは、政治討論番組に、野党の党首らが招かれて、懸案の議論を同時進行で討論していました。また、首相のリーダーシップ、政権第2党である労働党党首のボス財務大臣(副首相)についても、危機対策における、首相との関係の取り方、発言の仕方などについて、大学の専門家など、識者が招かれ、さまざまに批判・助言が、公のメディアの上で続けられていました。

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 さて、1930年代以来の最大の経済危機を迎えている世界。1980年代に、政労使の協調「ポルダー・モデル」で危機を乗り越えたオランダは、ワークシェアリングへの転換という切り札はもう使えません。ただし、今も、この時の、労使協調をベースにした合意形成の記憶は新しく、それが、今でも、この国の、危機状況における「連帯意識」の基礎になっていることがはっきりと見て取れます。

 今回の危機を乗り越えるための方程式は、世界のどこを探しても見当たらない。また、お互いがお互いの動きに依存し合っているという意味では、今後の世界規模の経済の動きは、アメーバのように形を変えながら決まっていくのではないか、と思います。

 戦後間もなくの時期から、早、60年余りにわたって、強調的な多元主義・機会均等をベースとしたヨーロッパ連合のつながりと協力体制を生んできた欧州諸国ですが、金融危機を迎えて、各国の経済立て直し策のために、国ごとの「保護主義」に反動している傾向もごく若干ですが見え隠れし始めています。(自動車会社ルノーの工場閉鎖をめぐるフランスの政策など)多国間の平等な立場に基づく協調、開かれた共同に対する反動の動きです。こうした保護主義に対して当然批判があるとはいうものの、それでは、各国の自律的な体制と、ヨーロッパ全体の世界に向けての安定成長や権益との間の関係はどうなるのか。金融危機への対策は、このことを再考するための、「ヨーロッパ連合」にとっての大きな試練であるのかもしれません。

 そういう中で、果たして、ポルダーモデルに基づくオランダの選択は、成功するのか失敗するのか、当分の間、予断が許せません。

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 ただ、こういう場面をこの国にいて観察しながら、日本の状況に比べてみて、常に感じていることがいくつかあります。

 それは、危機の中にあって、①オランダ人が、左右どちらの意見を見ても、「連帯」による解決を求めようという前提だけは、共有の意識として持っていること、②野党からの批判はあったにせよ、ポルダーモデルが確立していることによって、労使間協調の形で、労働者の意見が反映される場があるということを、国民が確信し信頼していること、さらに③こういう「連帯」の意識や国の政策決定のプロセスへの「参加意識」をマスメディアが同時進行の議論を提示することで確実に一般市民の目に見える形で補強していることです。
 
 政策決定のプロセスが、国民の目にはっきりと見えること、また、そこに国民が影響を与えるパイプが残されていると感じられることは、社会に対する参加意識だけではなく、その政策の結果が見えてきたときに、帰結に対する責任意識を醸成すること、すなわち「連帯感」の強化に役立つものです。

 先週末、私は、もう一つのブログ「地球を渡る風に吹かれて」http://naokonet.blogspot.com/の中で、日本における「日本型ワークシェアリング」について、その決定過程をめぐる状況についてのコメントを書きました。

 施策が功を奏するか否か、また、その施策が「持続性」の高いものであるかは、その策定に対して参加意識を持っている人の数がどれだけいるか、世論がどれだけ政治家の議論に密着して作り上げられ、政治家の無責任を防止するものとして機能しているか、にかかっていると思います。これこそが、まさに民主主義の姿なのです。

 モンスターのごとき大恐慌の怒涛を、人間社会を襲う、一つの大きな病気とたとえるならば、オランダは、十分にコンディションの良い体を病気がおそって来た状態、日本は、コンディションが最悪の上に厄介な病気がさらに襲ってきた状態、という風に見えます。

 マイナス成長と急激に広がった格差のある日本を、再び活力のある社会へと変える重要な鍵の一つは、政治家の堕落と腐敗だけではなく、それを表から批判しきれない民度の低さ、とりわけ、エリートと呼ばれる人々が批判の言論を忌憚なく展開できない、その受け皿になるべきはずのマスメディアの脆弱さを、アメリカやヨーロッパ並みの確固としたものに立て直すことであると思います。もしも、そのマスメディアを言いように牛耳っているのが、政治家自身と官僚なのであれば、その近視眼的で個人の私利私欲に傾く卑劣と、それによって民主主義の基礎を自ら瓦解させようとしている態度とは、厳しく追及されるべきです。しかし、その追求を誰がするのでしょうか。マスメディアが、民主社会の第3の権力として機能していないことの問題は、ここにあります。

 もしかすると、今の日本は、本当に抜け道を持たない閉塞の中にあるのかもしれません。しかし、エリートの質と民度とを高めるために考えられる唯一の方法は、学校で家庭で、現実の社会で起こっていることを忌憚なく話し合う場を設けることにほかなりません。それは、誰かの意見が、他のものよりも優れているだろう、と識者を探し出すためにではなく、それぞれが、全く平等な立場で、「自分はどう思うか」を考える場を設けるためです。それが作り出せないのであれば、日本の未来はなきに等しいものと思います。

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 戦後日本の最大の失敗は、日本に住むさまざまの層と背景の人々を、彼らの生活条件と未来の幸福を決める政治に、みずから意欲的に参加させることに失敗したことであると思います。



2009年2月18日水曜日

1931年以来の財政赤字と失業率急上昇の予測

 昨日2月17日は、オランダ人にとって先行き不安を感じさせる暗いニュースが発表された日でした。
 オランダの経済は、昨年9月、国会開会日に行われた予算発表でも、非常に順調、ヨーロッパ域内でも優等生の統計データだったのですが、それが、わずか4カ月の間に、大転換を遂げてしまうことになったのです。
 昨秋のウォール街初の金融危機の直後に起こった銀行金融危機でも、オランダ政府はうまく立ち回り、国民も経済好調が続くことに信頼を寄せていました。しかし、経済指標はそれがどうも保障されない、真っ暗な見通しを示したのでした。

 昨日おこなわれたCPB (オランダ経済政策分析局)の発表によると、2010年の失業率は9%にまで増加、予算赤字は5.5%に及ぶとのことです。この予算赤字率は戦時期を除く平時における過去の統計からして、1931年並み、つまり、前世紀最大の世界大恐慌の直後の時期と同レベルだというのです。国民の大半が、経験もしたことのない最大級の不況が目前に迫っているということで、プライムタイムのニュースに不安を感じたオランダ人は少なくなかったと思います。

 戦後最大の不況だった1983年の失業者数は60万人でしたが、これは、近く67万5000人にまで増えると予想されており、CPBの所長は、財政危機からの回復は予想よりも長期化しそうで、2010年末までに80万人に達する可能性があることも否定できない、と言っています。

 これほどの数の失業率が最も直撃するのは、やはり、出稼ぎ労働者として流入してきた移民とその子や孫の世代でしょう。経済のひっ迫は、オランダ人と移民の対立を再燃させるのではないか、と心配されます。

 昨年の予算案の時点では、10%増を見込んでいた企業投資は、今後11-12%減となる見込み。予算赤字5.5%は、政権が示している最大2%ラインも、また、ヨーロッパ連合の協約による3%ラインもはるかに上回っており、わずか半年足らず前に意気揚々と明るい見通しの中で出された予算案は、緊縮のために抜本的な見直しが迫られています。

 2008年の第3四半期の統計によると、オランダの失業率は2.7%で、ヨーロッパ域内では最低でした。同じ時点で、スペインは11.8%、フランス7.7%、ドイツ7.2%、オランダに次ぐ優等生のデンマークですら3.5%だったのです。この当時、オランダの経済成長率は0%でしたが、予算赤字はまだ0.1%とわずかでした。

 短期間の間に、オランダの経済予測をこれほどに変えたのは、世界市場の商取引が激減していることが最大の原因であるとされています。なにしろ、天然ガスを除き、資源のないことでは日本と同じ悩みを抱えるオランダです。ロッテルダム港やスキポール空港を中心に、ヨーロッパの物資集散地として、商業の流通地としての活動に、この経済は多くを依存しています。世界中が金融危機に陥り、投資が減って商取引にブレーキがかかればかかるほど、オランダ経済は、そのあおりを強く受けるのです。

 ただ、こういう暗い見通しの中で、購買力だけは、今年、2.25%増となる見込みなのだそうです。石油価格が下がったことが理由のひとつです。

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 与野党の政治家らは、「失業率の急上昇」に何よりショックを受けています。国会は緊急討議を行い、政府は予算案の見直しに早速入ることと思われます。
 企業側と労働者の間で、失業対策を巡る議論がすでに始まっています。
 かつて「オランダ病」を、労使歩み寄りの政治、ポルダーモデルで乗り切り、ヨーロッパの中でも経済成長の優等生となったオランダ。しかし、今回は、少し事情が違います。国内市場だけの問題ではなく、オランダの経済を支える世界市場が激しく後退・停滞しているわけですから。
 不況の一時的な緩衝剤として、労働時間の短縮(フルタイムからパートタイムへ)が考慮される気配もありますが、抜本的にどのような方向に動いていくのか、今のところまだ予測が立ちません。

 組合運動など、社会主義派は、政府に対して「早く景気回復策のために投資せよ」と要求していますが、先の見えない世界経済の動向を前に、ボス財務相(副大臣)は、まだリスクは冒せないと慎重な態度を維持しています。

 この急激な経済悪化は果たしてオランダだけのことなのでしょうか。スペインやフランス、ドイツなど、すでに高い失業率を抱えていた国々は、これからどうなっていくのでしょうか、、、。優等生だったオランダが、1931年レベルに後退するということは、ヨーロッパ全域を見ても、世界経済全体を見ても、本当に巨大な不況期が目の前に迫っているのではないのか、と思えます。

 アメリカでは、昨日、このオランダでの暗いニュースが流れた後、成立した景気対策法に準じ、オバマ大統領が、ジャーナリストらの見守る中で笑顔で署名をし、350万人の新規雇用を実現すると発表しました。IMFによる世界不況回復の見通しも、いくらか楽観的なようです。これらの動きとその効果、それに対応してオランダの経済がどのように動いていくのか、しばらく、目が離せない感じです。
 


2009年2月1日日曜日

ローマ法王によるホロコースト否定の英国人司教破門撤回に対するオランダの反響

 ローマ法王べネディクトゥス16世は、1月24日、1988年にカトリック教会から破門されていた4人の司教の破門を撤回した旨を発表しました。その中の一人、英国人司教リチャード・ウィリアムソンが、スウェーデンのテレビで、第2次世界大戦中のナチスによるユダヤ人大虐殺を否定する発言をしていたため、欧州一円、ユダヤ人問題や人権問題をめぐって、破門を撤回したローマ法王を批判する声が強まっています。

 オランダは、戦時中、多くのユダヤ人が強制収容所に連行されたことで有名。今でも、ユダヤ人たちは、人権問題に積極的に声をあげますし、彼らの声が、この国の戦後の人権議論を率いてきた、といっても過言ではないと思います。同時に、それは、戦争中、10万人にも及ぶユダヤ人被害者を生んだオランダという国の恥の意識のもつながっており、ユダヤ人たちだけではなく、オランダ人の国民的態度として、「人権問題」は敏感に態度を明らかにするもの、という意識もあります。

 ローマ法王から破門を撤回されたリチャード・ウィリアムソンという司教は、
「私はガス室はなかったと信じている、、、20万人から30万人ほどのユダヤ人がナチスの強制収容所でなくなったとは思っているが、、、そのうちのだれ一人としてガス室でなくなったものはいない」
と発言しているのです。

 ホロコーストでは、およそ600万人のユダヤ人が殺害されたというのが定説です。最もよく知られたアウシュビッツの強制収容所だけでも、130万人のユダヤ人が、それも大半はガス室で殺害されているのです。そうした事実を証明するさまざまのデータは、戦後、生き延びたユダヤ人たちが、何年もの年月をかけ、調査し、集めてきています。

 しかも、この発言は、もともとドイツで収録されていた録画にあったもので、そういう発言をドイツで行っていたこと、また、それをスウェーデンのテレビが放映したことなどについても、さまざまの抗議が起こっています。

 オランダでは、29日、野党社会党(SP)と与党キリスト教連合(CU)が、フェルハーヘン外相に対して、ヴァチカン市国の大使を召還して、この、ウィリアムソン司教の破門撤回について事情説明を要求すべき、という立場を示しました。

 キリスト教連合とともに与党を構成している「キリスト教民主連盟(CDA)」と「労働党(PvdA)」は、これに対し、この1件で外務大臣が何らかの関与をすることには賛成していませんが、CDAは、オランダ司教会議が、ウィリアムソンを否定する態度をとっていることで十分とし、PvdAは、司教の破門撤回については驚きの態度をとるものの、教会内部の問題に対して、オランダが政府として関与すべき事態ではないとの態度をとっています。

 そんな中で30日、ネイメーヘンのラッドバウト大学のカトリック神学部に籍を置く倫理学者ジャン・ピエール・ウィルス教授が、カトリック教会から縁を切り、カトリック神学部の教授活動を停止すると書状で宣言するというニュースが伝わりました。

「わたしは、もうこれ以上、反近代的で、反多元主義的な教会と関係も持ち続けたくない」
と言う、この教授の言葉には、潔さと、人としての憤りとを感じます。

今後彼の決断が、オランダのカトリック教会内部でどんな波紋を呼ぶか、興味があるところです。

2009年1月21日水曜日

国際化時代の大学教育

 お正月が明けて以来、忙しくて寝る暇もないと言っていた息子が、やっと数日前顔を見せに来ました。建築科の修士2年生ですが、半年かかってやる設計制作の発表の日が迫っていたというわけです。計画性のない息子らしい、と夫とぶつぶつぼやいていました。
 いつも散らかっぱなしの学生アパートに共同研究チームの他の二人の学生がやってきて、2週間ほ夜も昼もない日々だったといいます。とにかく、その発表も終わり、まずまずの成績だったようで、「終わりよければすべてよし」のような気分に親の方もならされたわけではありますが、、、

 公共建造物をテーマにしたこのグループは、全員で30人ほどのグループで、およそ4割は外国からの留学生だったそうです。今回のテーマは、まず、全員で、モロッコのカサブランカに飛び、都心のスペースに博物館を建造するという想定で現地調査をすることから始まっています。一緒に旅をし、ディスカッションをし、と、なかなか連帯感のあるいいグループで、楽しかったと言っていました。

 意外に知られていませんが、オランダの大学では、工学部のように学生の規模が大きく留学生の数が多い学科は、学士課程では留学生だけを集めて、また、修士課程では、オランダの学生も一緒に授業は英語だけで行われています。まあ、中には、オランダ語なまりの教授もいると時々笑ってはいますが、そういう自分も、また、ほとんどの学生は、それなりに、母語の影響が多かれ少なかれある英語でしょう。でも、共通語として受け入れているということなのでしょう。当然、学生たちに課される課題の報告書も、プレゼンテーションなど口頭での発表も、全部英語です。どこの大学にも、オランダ語の研修のほか英語研修を受けられる施設を持っています。また、英語で論文を書く訓練もしてくれる短期コースなどもあります。

 息子のアパートに毎日毎夜とやってきて一緒に作業した二人の仲間は、オランダ人とタイ人。タイ人の学生は、国費留学生であるらしく、これまでに何箇所かの建築事務所でインターンもしたことのある優秀な学生だったようです。息子は、仲間の学生の性格が、研究の進め方にも現れていて面白がっていました。
 「オランダ人の学生たちは、どっちかというと仕事に波がある子が多い。気分が乗ってくるとどんどんやるが、乗らないとなかなか進まない、、、でも、タイ人のT君は、いつも淡々と仕事をするんだ。ものはあまりしゃべらないが、どこかでいつも同じテンポで安定して仕事をしている、、、」と。
「でもね、ほかのグループでは、オランダ人二人と中国人が組んでいて、中国人はあまりしゃべらないからだんだんに無視されていった感じだったよ。最後の発表でも一緒には並んでいたけどあまりしゃべらなかったな。しゃべらないからって考えていないわけじゃあないんだし、アジアの学生には、時々、発言のチャンスを仕向けてやらなくちゃいけないんだけどね、そうすれば、いいアイデアとか意見とか持っているんだよ。T君だって、ちょっとこちらから働きかけると、話をするし、アイデアを提供してくれるし、、、オランダ人にはそういうことがわからないんだな」
 どうやら、日本人の母親を持って育った息子は、アジア人というのが、黙っているからと言ってモノを考えていないわけではない、ということは分かってくれていたようです、、、、

 そういう息子に、
「でもね、留学するっていうのは、そういうことをまさに学ぶっていうことじゃあないのかな。中国人だって、タイ人だって、やっぱり、この国の人たちの中では、こういう風にやるのが共同の仕事なんだ、というのを学ぶ、そして、やっぱり、黙ってばかりいないで自分の方から口を切っていく努力も必要だと思うわよ」
なんて、物知り顔のことを言ってみたりしたのでした。

 30人のグループの中には、イタリア、ルーマニア、台湾、スウェーデン、ポーランドなどなど、いろいろな国からの学生がいます。何かの折に集まれば、イタリア人の学生がスパゲッティを御馳走してくれたり、、、そうそう、このイタリア人の学生は、アメリカ製のセサミストリートに出てくるキャラクターに似ていてあだ名が付いているのだとか、、、言葉の違ういろんな国の子たちとはいえ、子供時代に見た番組が同じだったというのも面白いです。子どもの時からアメリカ文化にまみれて育った、そういう時代の子供たちなのだな、と思います。

―――

 医学部3年生の娘の方も、国際化時代を生きている、という感じがします。
 2年生の時には、彼女の大学が交換制度を作っているスウェーデンとドイツの大学の学生が10人余り半年間授業を一緒に受けました。それぞれの大学と、単位互換制度を作っていて、一定期間、同じ内容の授業を、相手方の大学で受けられるような仕組みを作っているのです。この機関は、これらわずかの留学生のために、授業もゼミも実習も試験もみな英語で行われるのだそうです。これなどまさに、国際化の意味を考えさせるものです。授業そのものが目的というよりも、国際交流の体験を学生のうちにしておくことの意味があるのでしょう。

 なんでも、本年度から、スウェーデンの大学との互換制度は中止になったのだとか、、、理由は、単位互換するのに授業の程度が違いすぎるということだったのだそうで。「ほんとうに、うちの大学、古いから有名だとふんぞり返っているのよ、偉そうなことばかり言って、、、目を覚ませって言ってやらなくちゃ」とかなんとか、学生らしい不服を言っているのは娘たちです。
 互換制度は、お互いの大学の質をフィードバックする役にも立っているということでしょう。

 オランダには、医学部のある大学が、8か所くらいありますが、それぞれ、別のカリキュラムを作り、特徴を出して競い合っています。1年生から病院実習をやる大学もあれば、娘が言っている大学のように、4年生になってはじめて病院実習をやる大学もあります。理論と実践を同時進行でやるか、理論を確実に積んだ上で実践に入るか、という考え方の違いであろう、と思います。
 いずれにしても、この病院実習の期間になると、学生たちは、国内の病院だけではなく、外国の病院にも積極的に出かけていきます。かつてオランダの植民地だった南アメリカのスリナムやアフリカの国々は、外国に関心のある学生に人気のようです。もちろん、ヨーロッパ国内の病院に掛け合って、実習をやらせてもらえるように交渉してくる学生もいます。
 当然、交渉は大学の学生課や国際交流課に相談するなり、学生が自分でやらなくてはいけません。

 ヨーロッパ国内の大学を通じて実習をすれば、単位も認められるし、エラスムス奨学金という、ヨーロッパ域内の留学振興のために設けられた奨学金を受けることもできます。この奨学金制度は、ヨーロッパの学生たちによく利用されているもので、半年-1年程度の短期留学に使える便利なものです。自分の専門として入る学科で、特徴のある研究をしている大学に短期に留学してみる、というのに便利ですし、学科ごとに、この奨学金が使えるいろいろな大学間交流プログラムを作っているようです。オランダの場合、自国の大学に行く時にもらえる奨学金は、そのまま、欧州連合内の国の大学でも使えるので、隣国への留学が大変しやすい仕組みになっています。
 
 そのほかに、専門学科ごとに、学生たちが運営している国際交流振興会のようなものもあり、外国の大学の学科と提携して、研修や留学を希望している学生たちの便宜を図っています。

 そういうわけで、娘は、今年の夏、友人と二人で、医学部の国際交流振興会の事業としてやっているマラウィの病院研修に出かけることになっています。エイズやマラリア、その他の熱帯病が多いマラウィの病院で、他国たらの学生に交じって、医療チームの手伝いをしながら、病院実習を6週間やるのだそうです。今年の9月に始まる来年度、理論の履修が終わり1年半の病院実習が始まると、パリの大学病院に行きたいと、今、方々から情報を集めながら画策中です。医療単語を全部フランス語で覚え直さなければならない、とぶつぶつ言っていますが、パリ好きの彼女は、そっちの方が目的で何とかしたいと思っているみたいです。うまくいけばいいが、と思っています。

2008年12月14日日曜日

新聞業界に国からの補助

 紙に活字印刷のメディア業界は世界中どこも生存競争に苦しんでいます。インターネットによる安価なデジタル・メディアが氾濫し、読者離れが急速に進んでいるからでしょう。ただ、熟練したジャーナリストによる公正な情報収集と伝達の技術は、アナログの財産ですし、優秀な人材なしで生まれるものではありません。受け取る情報には、そういう人たちの足と目と耳と頭脳と手による技が生きているはずです。 そこには時間も金もかかるというわけです。長年の経験は、特にそうです。また、そういう人材ができるだけたくさんいなければ、情報が偏ってしまう危険もあります。

 オランダでも、ここ数年新聞業界は購読者の減少に対して、あの手この手で対策を考えてきたようです。これまでの大型紙面の新聞だけではなく、若い人たちが手に取りやすい、タブロイド版のダイジェスト・ニュース誌を出したり、歴史や文化をテーマに、DVDシリーズ、リスニング講義シリーズ、を出版したりしています。当然、インターネット上でのデジタルニュースも作っていますが、こちらも、ほとんど収益がないらしく、どの会社も、当日のニュース以外は、購読者のみ専用のパスワードを使って過去の記事にアクセスできる仕組みにしています。

 そんなわけで、ここのところ、しばらく、新聞業界と第二院(衆議院)とから、メディア政策が十分でない、という批判を受けていたプラステルク教育文化科学大臣は、このほど、新聞業界に対して、公共放送の広告収入の一部を新聞業界の改革資金として提供することを決めました。

 オランダの国営放送の番組が、会員制のNPO放送団体によって作られることは、「オランダ通信」でも、また、最近の著書(「残業ゼロ授業料ゼロで豊かなオランダ」光文社)の中でも述べています。国は、STERという広告収入促進団体を別に設けており、国庫資金と合わせ、こうして集めた広告収入をいったんプールし、この資金をもとにして、各NPO放送団体には、会員数によって時間帯を配分して、公共メディアの使用を許可し、番組を作成させるという仕組みになっています。

 元来、STERの広告収入は、テレビ・ラジオのためのものですが、「メディア法」によると、収入のうち最大4%までは、公共放送以外の目的に支出してよいことになっているとか。
 今回プラステルク教育文化科学相が決めたのは、この4%枠をほぼ最大限に使って、つまり、年間、およそ2億ユーロのSTERの収入のうち、ちょうど4%に当たる800万ユーロを、新聞業界再編のために拠出することにしました。800万ユーロといえばおよそ9億6千万円。オランダの人口は日本の人口の約8分の1ですから、日本の感覚に直せば、ほぼ75億円ほどが、新聞業界再編のために提供される、というような感じでしょうか。

 具体的には、これまでほどんと収益がない状態だったインターネット上のデジタル・ジャーナリズムに対してこの基金が使われることになるだろう、との予想です。

 いずれにしても、日本の場合、健全なジャーナリズムを支えるための、何らかの公的な仕組みはあるのでしょうか?

 もちろんこの「健全」というのが曲者で、、、。

 たとえば、日本の場合、テレビならば「NHK]が健全、学校教育ならば「検定教科書の内容」が健全、という、あまり根拠のない「健全」がまかり通っています。

 しかし、本来、ジャーナリズムとは、国民の声を、それなりの比率で、つまり、多数派には多数派なりの、また、少数派には少数派なりの、広報の機会を与えるものであって初めて「健全」であるはずです。わかりやすくいえば、多数派・体制派・(今だけの)権力者だけがメガホンを持って大声を張り上げることができる状態を続けていくと、1.少数者の、ひょっとすると多くの人が気づかない優れた視点や貴重な考えが見過ごされる、2.多数派・体制派の考えを批判する声が抑えられると、本来もともともっと発展し洗練される可能性があった政策や考えもよりよく練磨される機会がなくなリ稚拙で耐性の小さい政策に終わる、3.ひいては普通ヨーロッパや世界を舞台にして行われる「議論」の文化からさらに一層遠のいてしまい、批判や議論を発展的生産的に受け止め、<みんなで社会をよくしていこう>という文化が育たない、4.そのために世界の議論についていけない状態が続きさらにどんどん悪化していく、5.結果、どうせ何を言っても自分なんか仲間に入れてもらえない、という投げやりの大衆ばかりになり、社会のために貢献しようという人々が著しく少なくなってしまうし、ちょっと論の立つ指導者が出てくると「丸投げ」状態で追随してしまう大衆行動になりがち、という結果が起こってしまうのです。

 どうも、今の日本の新聞業界は、そういう傾向が著しいように感じます。国際社会で対等に議論のできる一般市民が少なかったり、ちょっと見た目にかっこよいスターやきれいな女性キャスターの人気が出たりするところに、こういう「健全な」ジャーナリズム不在の状況は如実に表れているという気がします。

 日本でも、新聞の記事構成民放の番組作りには、一般の読者・視聴者がほとんど気づかないところで、スポンサーの影響が大きく反映していると思います。 新聞社が、読者の活字離れで苦しんでいるのはわかるのですが、、、 こんなことを続けていると、自らの存在価値すら認められないようなことになるのでは、と他人事ながら心配です。

 それでもどうにかして、声なき声を伝え、力も金もない人々にメガホンを渡すにはどうすればいいのか。そこにこそ「公」の役割があるはずです。税金が、そういうことのためにどう使われているのか、、、

 日本でも、社会貢献意識の高いスポンサーが集まって、NPO放送団体に、会員数に応じて番組制作をやらせるような民放チャンネルを作ってみたらどうでしょう? カネは出すが口は出さない、という、、、。インパクトは強いだろうな、と思うし、「民主制」をしっかり主張できれば、スポンサーの評価も跳ね上がるのでは、などと思うのですが、、、

学力テストの罪

 オランダでは、小学校の最終学年(第8グループ=日本の小学6年生に相当)で、CITOtoets(シト・トゥーツ)という共通学力テストが実施されます。
 このほど、このCITOtoetsを巡って、興味深い動きがあります。

 元来、オランダでは、小学校を終えて中等一貫校に進む際に、子供たちは、およその進学コースを決めなくてはなりません。なぜなら、中等一貫校と言っても、3年目あたりから、大学進学コース(VWO)、高等専門学校進学コース(HAVO)、職業訓練コース(VMBO)とに枝分かれしていき、その直前の段階として、中等一貫校の最初の2年間は、あきらかに、VWO,HAVO,VMBOと分かっているか、あるいは、隣接するコースの両方にまたがるブリッジコースに入るか、少なくとも、およその進学コースが分かっていなくてはならないからです(このあたりについては、平凡社「オランダの教育」に詳しく説明していますので、興味のある方はそちらをご覧ください)。

 さて、そこで、小学校の最終学年(学年は9月から7月まで)になると、ほぼ3月ごろに、親は、子供の意思を汲みながら、小学校の先生と懇談して、自分が選択する中等学校のどのコースに入るかを決め、入学希望の届けを出すことになります。これは、かなり時間のかかるプロセスです。なぜなら、入学試験に基づいた点数制ではないからです。原則としては、あくまでも、小学校でのその子供の発達の経過を観察してきた小学校の教員が、最も適切なレベルを助言することができる、と考えられており、さらに、子どもの権利を代弁する親の意思がもっとも尊重されなくてはならないことになっているからです。

 当然、どこの国の親も人間、自分の子供は「すぐれている」と思いたいものですし、時には、過剰な期待もかけてしまうものです。そうなると、親の希望と小学校の先生の観察結果とがかみ合わないことなども出てきます。しかし、小学校の先生は、地域の中学校の生徒指導の先生と密に連絡をしています。ある学校が、連年無責任にそのコースにふさわしくない子供を無理にして入学させたりすると、専門家としての質を疑われるということになります。そういうことがもし起これば、中学校の生徒指導の先生が、おそらく、小学校の校長先生におとがめ・苦情の達しを送ってくることでしょう。ですから、結局のところ、小学校の最終学年の担任の先生は、自分自身の観察をもとに、親をどのように説得できるか、という力が求められることになりますし、普通は、どの学校でもベテランの先生をその役割のために配置しています。

 もっとも、親が頑として聞かない場合には、中学校もとりあえず親の希望をかなえてやります。そのうち、子ども自身が、中学校のテストで欠点ばかり取るようになれば、「落第」あるいは、下のレベルに移動、という形が考えられるからです。こういうことが起これば、本来は、子どもにとって最善とは言えません。親が無理にレベルの高い所に入れたばかりに、子供には負担となり、かえって劣等感を抱く人間になったり、非行に走ったりしてしまうかもしれません。 不登校の可能性も起きてくるでしょう。

 そんなことも一切含めて、小学校の先生は、一人ひとりの子どもにとって最適なレベルを見極めて親に対してアドバイスをし、「無理をして上のコースに入れても、OO君には不幸な結果になるのではないですか」てなことを言って親を説得する役割を受け持つのです。あくまで、子どもにとって最もふさわしい選択をさせるためです。(日本では、医師や会社の重役など社会的に地位が高かったり学歴が高い父親の態度や教育ママの態度が子供の精神的な負担になってのしかかり、それがもとで子供が親を殺すケースまで出てきていますが、そういうことがオランダで起きないのは、小学校の先生との懇談で、そういう部分にまで踏み込んで、先生が「子どもの立場を考慮して」アドバイスしてくれるのが一般的だからです)

 さて、前置きが長くなりましたが、そういう原則があるとは言いながら、この10年ほどの間、CITOtoetsの点数が、必要以上に重視される傾向が強まってきていました。大きな流れとしては、やはり、この同じ時期、グロバリゼーションと新自由主義の強まりという潮流の中で、知識偏重傾向がオランダといえども強まっていたということが一つの理由です。元来、CITOtoetsは、義務ではないのでやらなくてもいいのですが、その半面、子供の発達を客観的に示さなくてはならない、という原則があり、学校側としては、つい簡単にできてしまうCITOtoetsに走る傾向があったのです。

 私が想像するに、新米の先生とか、あまり、親とのコミュニケーション能力がない先生にとっては、CITOtoetsを受けさせて、きれいに印刷されたグラフか何かで、「あなたの位置は全国的に見てどの程度」なんて結果が出ると、中学進学のコース決定を説得するのにはずいぶん楽だったのだろうな、と思います。

 そこで、これまでは、およそ、2月の初めごろにCITOtoetsが実施され、その結果を待って、教員と親の懇談会が行われ、それに基づいて、3月に中学校への入学登録をする、というのが、一般的な手順でした。

 その結果どうなったかというと、学力重視傾向が近年若干ぶり戻してきた中で、特に都市部の中学校で、コースごとにCITOの最低点を入学の条件として出すところが出始めてきたのです。

 こうなると一番不幸なのは子供たちです。たった一回限りのテストでちょっとでも点数が悪いと、希望の学校や進学コースにに行けないかもしれないのです。
 とくに、言語能力に遅れのある子供たちには不当なハンディキャップとなります。認知的な能力がすぐれていても、たまたま言語能力が遅れているために、テストで力を発揮できないということがあるのです。言語の方は、2,3年もすれば追いついてくる。でも、その時には、もう決まったコースに入っていて取り返すのは大変、というようなケースがあるからです。
 また、オランダ人の子供であっても、体調が悪かったとか、家庭の事情で精神的に不安定であったとか、様々の理由で、学力試験で力を発揮できないこともあります。

 そういうわけで、このCITOtoetsに関しては、親からも、また、小学校の先生からも、あまり好意的には受け止められていませんでした。

 さらに、もう一つついでにいえば、CITOtoetsが2月に終わって3月に中学進学コースを決めてしまうと、もう、子どもたちに学習意欲がなくなってしまい、小学校の先生の方も、力が抜けてしまう傾向もありました。結局、最後の3か月ほどは、キャンプだとか、フランス語初歩コースだとか、ダンス教室だとか、どうでもよい行事ばかりが続く、、、

 まあ、そういうようなCITOtoetsをめぐるさまざまの事情を背景に、先週、「初等教育諮問委員会」という組織(代表は2年前まで教育監督局の局長だったコルヴェゼー女史)が、初等教育行政の代表責任者であるシャロン・デイクスマ教育文化科学省国務次官に対して、CITOtoetsの実施時期を、現行の2月から6月に遅らせるべきである、という諮問を出すことを明らかにしました。

 そして、デイクスマ国務次官は、これに対して、すぐに、この諮問を支持する方向で検討したい、という意思をプライムタイムのニュースの中で明らかにしています。諮問支持の理由は、そうすることによって、子供たちの進学コース決定にCITOtoetsという学力テストの結果が著しく大きな影響を与えることが無くなり、子供のストレスを軽減できること、また、この学力テストを学年末まで遅らせることによって、読みや算数の勉強を最後までしっかり続け、これまでのように、CITO toets以後の意欲の低下を防止できるから、というものです。

 この動きに対しては、早速、「全国保護者会」が、歓迎の意思表示をしました。「全国保護者会」の立場は、あくまでも、CITOtoets全面廃止です。保護者たちは、最終学年に1度だけ、テストの瞬間だけの学力を測って、子供たちの一生を決める進学コースの決定のための材料にすることに、反対しているのです。

 実際、現行の法律では、初等教育の期間、学校は、子供一人ひとりの発達経過を定期的に、客観的で信頼性のある方法によってモニターしなければならないと義務付けられています。実際、多くの学校は、CITOtoetsをつくっているCITOという組織が別に作っている「習熟度モニターテスト」を導入しており、それをもとに、子供たち一人一人の発達をモニターし記録しています。当然、そのほかに、子供たちの心理テスト、行動問題、学習障害などについての先生の観察や指導の経過や効果、学内・学外機関による専門的なサポートなどなどについても記録されます(当然これらの記録は、プライバシー保護のため、その子供の親にしか公表されません)。

 これだけの記録を取り、毎日子供の指導に当たっている先生が、その子供にとって最もふさわしい進路を知っているはずだ、という信頼、あるいは、期待があるのです。少なくとも、親たちも、一度限りのテストの点数ではなく、そういう長期的に発達を観察してきた教員のアドバイスのほうを尊重するということです。


ーーーー


 学力テストを巡る専門家のアドバイス、担当行政官の対応、また、保護者の反応を見ていると、この国では、本当に、大人たちみんなが一緒になって「子どものためには何が最善か」という柱に沿って議論がなされていることがわかります。

 なぜ、それを安心してできるのでしょう?
 なぜ、「国のため」「社会のため」「経済発展のため」と言わず、「子どものため」と言っていられるのでしょう。

 それは、「子どものため」に、つまり、将来この国の社会を支えていく「小さな市民たち」にとって最善の道を選んでおくことが、やがて、その子供たちがこの社会を担っていく時に、最も安定した、最も希望のある社会を作る基礎になるという信頼を大人たちが皆持っているからです。

 結局のところ、(競争に、学力テストに)勝ったからエリートになり指導者になって、負けたから、「仕方なく」職業教育に行く、落ちこぼれても誰も気にも留めてくれない、という新世代を作っていると、しっぺ返しは、いずれそうやって作った社会そのものに戻ってくるのです。(そのいい例が今の日本です。若い人たちがみんな社会に背を向けている、、、不登校・自殺・殺人、そして、少しできる子供たちすら、政治には関心なく、運さえよければ海外に出ていってやるぞ、と思っている。こんな国では子供など育てられないと女性たちは子供を産むことさえやめてしまっています。)

 たった一度の試験の日、親が離婚騒動で落ち着いて勉強もできなかった子はどうでしょうか? たった一度の試験の日が、オランダに来てまだ1年にも経たない移民の子にはどんなに大きな苦痛でしょう? これらの子供たちは、もしも、この日のテストで一生を左右する進路を決められていたら、後でいったい誰にその不満を投げつければよいでしょうか? 不満を解消して、その国の社会に貢献しようという気持ちになるまでに、どれだけの回り道や努力やエネルギーが必要でしょうか?そういう回り道を踏む間に、いったいどんな性格が形成されるでしょう。

 未来の世代を築くには、この、大人たちによる、愛情のこもった、しかし、どの子に対しても公平で、人間的なガイダンスが必要なのです。 (自分の子さえよければよい、他人の子どもなど蹴落とせ、などという調子で子供を育てていれば、いずれ、その子供は、同世代の誰とも社会関係を結べずに、さびしい孤独の人生を送らなくてはならなくなるのです。)

 日本という国には、いまだに、先進国の中では例外的な「入試」があります。これほど非人間的で不公平で、機械で製品を振り分けるような無味乾燥な制度はありません。そして、これがあるために、子どもと子どもの間に、不必要な競争が生まれ、子供ばかりでなく、親たちの間にも協力的になれない雰囲気が生まれ、さらには、学校ごとの学力競争のために、教員たちは疲弊してしまっています。疲弊した教員には教育の専門家としての誇りを持つ余裕はなく、不安な親たちもそういう教員たちを信頼することができなくなっています。目の前に、まだ、若芽のように柔らかく温かい素直な心の子供たちが成長しているというのに、大人たちの方が温かい友好的な関係を築いて子どもの成長を見守ってやることができずにいます。

 一体、日本は、これからまだ何年、こんな非生産的で不幸な未来作りを続けていくのでしょうか。