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2010年6月10日木曜日

連立交渉の難航が予想される選挙結果

保守・革新に分極するオランダ

 昨6月9日、オランダでは、衆議院議員にあたる「第2院」の150議席を決める選挙が行われ、その結果、2002年以来4期続いた中道右派のキリスト教民主連盟(CDA)の議席は41議席から21議席へとほぼ半減し、代表のバルケンエンデ首相は退陣を発表した。

 この日、21時に投票が締め切られると、早速出口投票の結果がはじまった。
 いきなり、自由民主党(VVD)と労働党(PvdA)が31議席ずつで並び、キリスト教民主連盟(CDA)が大幅に議席を落としたことが明らかに。他方、ヘールト・ウィルダーズに率いられるイスラム排斥を辞さない極右政党(PVV)が、前回の9議席からなんと21議席まで躍進したことが伝えられた。

 スタジオで開票速報を伝える報道関係者も、各政党の会場の政治家らも、CDAの予想以上に大きな敗退と、PVVの予想以上に大きな躍進とに、どよめきの声が上がり、来る政権樹立交渉が、困難を極めるであろう、との予想が飛び交うことになった。

 結局、通常ならば、選挙当日の夜中の12時には、開票結果が明らかとなり、連立の予想もたって、党首らの最後の討論会が放映されるのだが、今回は、で口投票だけでは、確実な結果はわからないと、翌朝の今朝になるまで、落ち着かない選挙戦となった。

 そして、最終的には、キリスト教民主連盟CDA21議席(前回41議席)、キリスト教連合CU5議席(前回6議席)、グリーン左派党GL10議席(前回7議席)、動物愛護党PvdD2議席(前回2議席)、労働党PvdA31議席(前回33議席)、国家プロテスタント党SGP2議席(2議席)、社会党SP15議席(前回25議席)、自由民主党VVD31議席(前回22議席)、自由党PVV24議席(前回9議席)、民主66党D6619議席(前回3議席)という結果で、VVDが1議席差で、労働党を抑え第1党、前夜すでに躍進に沸いたPVVは、さらに3議席多い24議席という結果だった。


経済危機下の選挙

 2008年秋のリーマンショック以後、世界に広がった金融危機、今年初めから顕著になったギリシャを初めとする南欧諸国の経済不況の影響など、ヨーロッパ諸国の景気後退が著しい中、果たして、この難しい時期に、政策を担当するのは、企業の市場原理を優先する自由主義者なのか、はたまた、低所得層の保護を優先する社会主義者なのか、という問いが、どこの国にもある。先月のイギリスの選挙では、右派の保守党が勝利したものの、リブ・デム党との連立がなければ政権が樹立できなかったというのも、実を言えば、左右、どちらにも決められない事態が襲っていることを示している。

 オランダの経済は、この数年、ヨーロッパ諸国の中でも優等生だった。しかし、ギリシャ問題以後、国債の増加や財政赤字の増加のスピードは、他国よりも加速的な傾向がある。

 そんな中で、労働党と連立してきた中道右派のCDAは、この2月に労働党と決別。しかも、4期とも、政権満期を果たさずに中途で解散、バルケンエンデのリーダーシップに失望する声も多かった。右にもつかず、左にもつかず、中道で政策を決めてきたCDAは、残念ながら、首相のリーダーシップの不明さ、やや悪い言葉になるかもしれないが、日和見的な態度が、有権者の支持を失う結果になったようだ。

 明確な政策を求める有権者、それは明らかなようだ。しかし、それは、右であるべきなのか、左であるべきなのか。

 独立シンクタンク『経済政策分析局』CPBのさまざまの分析では、オランダは、2015年までに、290億ユーロを削減しなければ、経済の安定は回復できない、と計算されている。これは、今年の予算の20%にあたる額で、毎年4-5%の節約が迫られるということだ。

 リベラル派の自由民主党(VVD)と、ナショナリストで保守派の自由党(PVV)とは、右寄りの政党で近似性が高い。もともとヘールト・ウィルダーズは、自由民主党から分かれて自党を作った政治家だ。しかし、移民に寛容な伝統を持つオランダの中で、VVDは、あからさまなイスラム排斥は回避する。また、明らかに企業家層に支持を持つVVDに対して、PVVは、オランダ人低所得者層や低学歴層に支持が多い。少なくとも、VVDの側は、これまで、国粋主義的で、公然とイスラム排斥をするPVVに対しては、一線を画そうとしてきたかに見える。

 他方、左派革新小政党も躍進した。知識人中道リベラル派の民主66党(D66)は前回の3議席から10議席に増え、環境派のグリーン左派党(GL)は前回の7議席から11議席に増えた。両党合わせれば、21議席、さらに、議席数を減らしたとはいえ15議席を獲得した社会党(SP)を加えれば、35議席で、PVVの勢力を上回る。しかし、小政党に分かれた左派政党は、個々に、微妙なイデオロギーの差がある。また、選挙の最終結果で、VVDの勝利が確定、PVVの大躍進が厳然となった今、連立政権樹立の主導権は、とりあえず、左派勢力にはない。

イスラム排斥党の躍進と「寛容」の伝統

 オランダの社会は、昔から、移民に寛容で、しかも、資源のない小国は、対外通商のために、外国との関係に開かれた政策をとってきた。ヨーロッパ連合の発端であるヨーロッパ石炭鉄鋼共同体の創始メンバーでもあるし、長く、ヨーロッパ連合の最も大きな推進国の一つという名前を享受してきた国でもある。

 しかし、そんな国に、今、イスラム排斥党の躍進が起こり、周辺諸国に対して、異なるイメージが作られつつある。そのことを危ぶむ声は、労働党を初めとする左翼政治家たちだけではなく、国内の評論家たちの口からも次々に聞こえてくる。

 なぜ、こんなことが起きてしまったのか。
 一つには、高齢化社会の進展による、社会保障制度の行き詰まりがある。好況期ですら危ぶまれていた高齢化の問題に加えて、経済が不況になった。不況の影響を一気に被るのは、低所得者層だ。この層の中で、共に先行き不安を感じている先住オランダ人と移民との間の対立につながっている。


オープン社会の公正選挙・CPBの経済政策分析とマスメディア

 誰にとっても、予想を上回った結果、しかも、連立交渉の難航を明らかに予測させるため行きのでるような分極化の事態。だが、それでも、誰一人として、選挙の不公正を指摘する声は上がってこない。

 オランダの選挙の公正さは、群を抜いている。有権者が、みなで、公正さを監視している。

 今回の選挙は、そういう中でも、特に、オープン社会の本質を見せつけてくれるようないくつかの特記すべき選挙戦が行われた。

 オランダでは、80年代以来、『経済政策分析局』CPBという機関が、各政党の選挙プログラム(マニフェスト)の実現可能性と経済効果を科学的に分析している。政党プログラムの経済政策の分析は、政党にとっては義務ではなく、自主的な依頼によることを原則にしている。だから、分析を依頼せずに、選挙運動をしても別に違反ではない。しかし、分析があれば、その政党が来る政権で実行しようと思っている政策が、どれほど実現の可能性があり、その効果がどうなるのかがわかるわけであるから、大政党は、堂々と選挙プログラムを提出せざるを得ない、という結果になっている。
 今回の選挙では、その重要性は、これまでのどの選挙にも増して大きかった。
 なぜなら、2015年までに290億ユーロの削減ができるのか、どんな政策でそれを実現するのか、が課題だったからだ。

 選挙に先立つこと20日足らず、5月20日に、CPBは8政党の選挙プログラムの経済政策を分析して発表した。
「CPBがやるのは、お墨付きを与えることではない。どこでどんな削減が図られるのか、選択肢を明確にすることだ。選ぶのは有権者だ。選択肢はこんなにある。」と発表されたのが興味深い。

 現に、歳出削減のために、住宅政策、移民政策、医療保険制度、障害保障、失業政策、慢性病者保障、各種の手当、教育政策、エネルギー政策、開発途上国援助、環境政策、公務員制度や公共行政、防衛政策、などなどの面で、各政党が、どのような施策によって、国庫を節減しようとしているかが、一目瞭然となるグラフで国民に公開された。

 テレビやラジオでは、早速党首討論会が始まる。討論の内容は、このCPBの分析に基づき、実に細かい制度改革に及び、それぞれの政策の背景にあるイデオロギーが問われる。

 選挙の数日前には、大新聞が、インターネットのサイト上で、読者が、8政党の政策を、項目ごとに選びながら、290億ユーロの削減を実現できるかを試すシミュレーションプログラムまで登場した。削減は有無を言わさぬ課題だ。国民が決めるのは、「どんな削減法を望んでいるのか」ということだった。

 その結果が、昨日の選挙結果だった。

 オランダは、先月のイギリスと同様、左右両派に分極した。そして、左右、どちらも、中道派や小政党の参画なくして、政治を担当することはできない。

 経済大不況という、混沌とした社会不安が、世界中の政治を襲っている。

 少なくとも、オランダでは、選挙が、可能な限り公正に行われ、その結果が、こうなったのだ、という、その確信だけは、イデオロギーの相違にかかわらず、ほぼすべての有権者が自覚しているらしい。
 民主主義の目的はそこにしかなく、民主主義社会の政治は、そこからしかはじまらない。