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2009年2月18日水曜日

1931年以来の財政赤字と失業率急上昇の予測

 昨日2月17日は、オランダ人にとって先行き不安を感じさせる暗いニュースが発表された日でした。
 オランダの経済は、昨年9月、国会開会日に行われた予算発表でも、非常に順調、ヨーロッパ域内でも優等生の統計データだったのですが、それが、わずか4カ月の間に、大転換を遂げてしまうことになったのです。
 昨秋のウォール街初の金融危機の直後に起こった銀行金融危機でも、オランダ政府はうまく立ち回り、国民も経済好調が続くことに信頼を寄せていました。しかし、経済指標はそれがどうも保障されない、真っ暗な見通しを示したのでした。

 昨日おこなわれたCPB (オランダ経済政策分析局)の発表によると、2010年の失業率は9%にまで増加、予算赤字は5.5%に及ぶとのことです。この予算赤字率は戦時期を除く平時における過去の統計からして、1931年並み、つまり、前世紀最大の世界大恐慌の直後の時期と同レベルだというのです。国民の大半が、経験もしたことのない最大級の不況が目前に迫っているということで、プライムタイムのニュースに不安を感じたオランダ人は少なくなかったと思います。

 戦後最大の不況だった1983年の失業者数は60万人でしたが、これは、近く67万5000人にまで増えると予想されており、CPBの所長は、財政危機からの回復は予想よりも長期化しそうで、2010年末までに80万人に達する可能性があることも否定できない、と言っています。

 これほどの数の失業率が最も直撃するのは、やはり、出稼ぎ労働者として流入してきた移民とその子や孫の世代でしょう。経済のひっ迫は、オランダ人と移民の対立を再燃させるのではないか、と心配されます。

 昨年の予算案の時点では、10%増を見込んでいた企業投資は、今後11-12%減となる見込み。予算赤字5.5%は、政権が示している最大2%ラインも、また、ヨーロッパ連合の協約による3%ラインもはるかに上回っており、わずか半年足らず前に意気揚々と明るい見通しの中で出された予算案は、緊縮のために抜本的な見直しが迫られています。

 2008年の第3四半期の統計によると、オランダの失業率は2.7%で、ヨーロッパ域内では最低でした。同じ時点で、スペインは11.8%、フランス7.7%、ドイツ7.2%、オランダに次ぐ優等生のデンマークですら3.5%だったのです。この当時、オランダの経済成長率は0%でしたが、予算赤字はまだ0.1%とわずかでした。

 短期間の間に、オランダの経済予測をこれほどに変えたのは、世界市場の商取引が激減していることが最大の原因であるとされています。なにしろ、天然ガスを除き、資源のないことでは日本と同じ悩みを抱えるオランダです。ロッテルダム港やスキポール空港を中心に、ヨーロッパの物資集散地として、商業の流通地としての活動に、この経済は多くを依存しています。世界中が金融危機に陥り、投資が減って商取引にブレーキがかかればかかるほど、オランダ経済は、そのあおりを強く受けるのです。

 ただ、こういう暗い見通しの中で、購買力だけは、今年、2.25%増となる見込みなのだそうです。石油価格が下がったことが理由のひとつです。

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 与野党の政治家らは、「失業率の急上昇」に何よりショックを受けています。国会は緊急討議を行い、政府は予算案の見直しに早速入ることと思われます。
 企業側と労働者の間で、失業対策を巡る議論がすでに始まっています。
 かつて「オランダ病」を、労使歩み寄りの政治、ポルダーモデルで乗り切り、ヨーロッパの中でも経済成長の優等生となったオランダ。しかし、今回は、少し事情が違います。国内市場だけの問題ではなく、オランダの経済を支える世界市場が激しく後退・停滞しているわけですから。
 不況の一時的な緩衝剤として、労働時間の短縮(フルタイムからパートタイムへ)が考慮される気配もありますが、抜本的にどのような方向に動いていくのか、今のところまだ予測が立ちません。

 組合運動など、社会主義派は、政府に対して「早く景気回復策のために投資せよ」と要求していますが、先の見えない世界経済の動向を前に、ボス財務相(副大臣)は、まだリスクは冒せないと慎重な態度を維持しています。

 この急激な経済悪化は果たしてオランダだけのことなのでしょうか。スペインやフランス、ドイツなど、すでに高い失業率を抱えていた国々は、これからどうなっていくのでしょうか、、、。優等生だったオランダが、1931年レベルに後退するということは、ヨーロッパ全域を見ても、世界経済全体を見ても、本当に巨大な不況期が目の前に迫っているのではないのか、と思えます。

 アメリカでは、昨日、このオランダでの暗いニュースが流れた後、成立した景気対策法に準じ、オバマ大統領が、ジャーナリストらの見守る中で笑顔で署名をし、350万人の新規雇用を実現すると発表しました。IMFによる世界不況回復の見通しも、いくらか楽観的なようです。これらの動きとその効果、それに対応してオランダの経済がどのように動いていくのか、しばらく、目が離せない感じです。
 


2009年2月1日日曜日

ローマ法王によるホロコースト否定の英国人司教破門撤回に対するオランダの反響

 ローマ法王べネディクトゥス16世は、1月24日、1988年にカトリック教会から破門されていた4人の司教の破門を撤回した旨を発表しました。その中の一人、英国人司教リチャード・ウィリアムソンが、スウェーデンのテレビで、第2次世界大戦中のナチスによるユダヤ人大虐殺を否定する発言をしていたため、欧州一円、ユダヤ人問題や人権問題をめぐって、破門を撤回したローマ法王を批判する声が強まっています。

 オランダは、戦時中、多くのユダヤ人が強制収容所に連行されたことで有名。今でも、ユダヤ人たちは、人権問題に積極的に声をあげますし、彼らの声が、この国の戦後の人権議論を率いてきた、といっても過言ではないと思います。同時に、それは、戦争中、10万人にも及ぶユダヤ人被害者を生んだオランダという国の恥の意識のもつながっており、ユダヤ人たちだけではなく、オランダ人の国民的態度として、「人権問題」は敏感に態度を明らかにするもの、という意識もあります。

 ローマ法王から破門を撤回されたリチャード・ウィリアムソンという司教は、
「私はガス室はなかったと信じている、、、20万人から30万人ほどのユダヤ人がナチスの強制収容所でなくなったとは思っているが、、、そのうちのだれ一人としてガス室でなくなったものはいない」
と発言しているのです。

 ホロコーストでは、およそ600万人のユダヤ人が殺害されたというのが定説です。最もよく知られたアウシュビッツの強制収容所だけでも、130万人のユダヤ人が、それも大半はガス室で殺害されているのです。そうした事実を証明するさまざまのデータは、戦後、生き延びたユダヤ人たちが、何年もの年月をかけ、調査し、集めてきています。

 しかも、この発言は、もともとドイツで収録されていた録画にあったもので、そういう発言をドイツで行っていたこと、また、それをスウェーデンのテレビが放映したことなどについても、さまざまの抗議が起こっています。

 オランダでは、29日、野党社会党(SP)と与党キリスト教連合(CU)が、フェルハーヘン外相に対して、ヴァチカン市国の大使を召還して、この、ウィリアムソン司教の破門撤回について事情説明を要求すべき、という立場を示しました。

 キリスト教連合とともに与党を構成している「キリスト教民主連盟(CDA)」と「労働党(PvdA)」は、これに対し、この1件で外務大臣が何らかの関与をすることには賛成していませんが、CDAは、オランダ司教会議が、ウィリアムソンを否定する態度をとっていることで十分とし、PvdAは、司教の破門撤回については驚きの態度をとるものの、教会内部の問題に対して、オランダが政府として関与すべき事態ではないとの態度をとっています。

 そんな中で30日、ネイメーヘンのラッドバウト大学のカトリック神学部に籍を置く倫理学者ジャン・ピエール・ウィルス教授が、カトリック教会から縁を切り、カトリック神学部の教授活動を停止すると書状で宣言するというニュースが伝わりました。

「わたしは、もうこれ以上、反近代的で、反多元主義的な教会と関係も持ち続けたくない」
と言う、この教授の言葉には、潔さと、人としての憤りとを感じます。

今後彼の決断が、オランダのカトリック教会内部でどんな波紋を呼ぶか、興味があるところです。